『1件のメッセージがあります』
夜の街を走るタクシーの中。
1日の仕事を終えて、携帯電話を取り出すと、留守番電話にメッセージが入っていることに気づいて再生を押した。
ピー、という電子音の後で聞こえて来た声に、ピクリと肩が震える。
『詩季ちゃん、お疲れさま。一磨です…ごめん。また後で電話するね』
何を言おうとしたのか、少し考える様子の後で、付け加えるようにそう言ってメッセージは途切れた。
ふう、と思わず息を吐き出す。
最後に会ったのは、いつだろう。
最後に電話で話したのは、いつだろう。
仕事が忙しく、お互いの休みが合わないまま、もう2ヶ月近くになるだろうか。
忙しいのは、必要とされている証拠。
たくさんの人に、愛されている証拠。
それは当たり前じゃない、幸せなことで。
応援してくれる人、支えてくれる人たちに、感謝してもし尽くせない。
だけど。
本当のわたしは、テレビの中じゃない、ここにいるわたしは。
たったひとり、ひとりだけ、愛してくれたらそれでいい。
他に何も望まないから、一緒にいたい。
会いたい。
「一磨さん…」
ぎゅっと手にした携帯電話を握り締めた時。
ふいにそれが着信を告げた。
「あ…」
まるで、わたしの気持ちを知っているよとでも言うように、そこに表示された名前が点滅している。
「…は、はい」
『詩季ちゃん?…今、大丈夫かな?』
「…うん。大丈夫。帰るところだから…」
『そっか。お疲れさま…なかなか電話も出来なくて、ごめんね』
「ううん。一磨さん、今…移動中?」
久しぶりに耳にする、優しく穏やかな声に、ふっと切なくなる。
電話の向こうで車のエンジン音が聞こえて、そう問い返した。
確かこれから雑誌の取材があると、メールに書いてあった気がする。
『ああ…うん。移動中の車の中だよ。停めて電話してるから大丈夫』
「そっか…お仕事、頑張ってね」
『うん…ありがとう』
「…じゃあ、そろそろ切るね。着きそうなの。また…メールします」
『あ…詩季…』
ひと言でまくし立てて、わたしはピッと終話ボタンを押した。
まだタクシーは街中を走っているのに。
慌てた振りをして。
話したいことは山ほどある。
だけどそれ以上、何も言えなかった。
何か口にしようとすれば、余計なことまで言ってしまいそうで。
”会いたい”なんて言ってしまったら、きっと彼は無理してでも時間を作ろうとするから。
そんな我が儘を、わたしにはどうしても言えなかった。
強がり、意地っ張り。
そうでもしないと、感情が壊れてしまいそうで。
ぎゅっと膝の上で拳を握りしめて、窓の外を流れるネオンを眺めた。