「……黙れ」
その声は、一瞬にして心を氷で覆ってしまうほどに。
世界から色を無くしてしまうほどに。
感情のない、冷たい声をしていた。
全ては、わたしのせいなのだ。
「菊原さんには、菊原さんにしか弾けない曲があると思います」
次のコンクールで弾く曲。
彼は新たなジャンルに挑戦していた。
けれど、指が迷う。
心だけが置き去りのまま、メロディーだけが流れていく。
そんなズレを抱えたまま、悩み続ける彼を見ていられずに、わたしは思わずそう口にしたのだった。
彼がその迷いを乗り越えようと、必死に戦っていたのを知っていたのに。
ありのままの彼の奏でるメロディーが好きだったから。
あれから、もう1週間になる。
菊原さんはわたしを避けるように、大学にこもって練習するようになった。
そんな、ある日曜日。
この日も朝から菊原さんは出かけてしまって、顔を合わせることなく過ごしていた。
わたしは自分の部屋で課題をしようと広げるものの、菊原さんのことが気になって集中出来ない。
パタン。
気分を入れ替えようとリビングに出ると、ちょうどアトリエから戻って来た桜庭さんに会った。
「あれ……四葉ちゃん?」
わたしの顔を見るなり、彼は心配そうに眉を寄せる。
「ちーちゃんと……まだ、仲直りしてない?」
「あ……はい……」
思わず俯いたわたしの肩を、ポンと彼の温かい手が叩く。
「しょうがないなぁ……四葉ちゃんにそんな顔させて……ちーちゃんは」
そうつぶやく桜庭さんの言葉が、どこか遠くに感じる。
(あれ……?)
「……四葉ちゃん!?」
一瞬、頭の中が空白になって。
目の前がグラリと揺れたかと思うと、わたしはそのまま意識を失ってしまった。