「四葉!」
アスファルトを打ち付ける大粒の雨。
暗闇に走る鋭い光。
まとわりつくように私を飲み込む音の中。
かすかに聞き慣れた声が聞こえた。
それはかき消されそうなほどなのに、私の耳にははっきりと響いた。
「四葉……!」
顔を上げて求めていた人の姿を確かめるより前に、私は広い胸の中に包み込まれていた。
「……大丈夫?」
耳元をなでるように吐息とともにこぼれる囁き。
濡れた髪から滴り落ちる雫。
それが私の頬を伝い、服に染み込む。
彼も、この嵐の中を走ってきたのだろう。
「菊原さん……」
大学からの帰り道、突然襲って来た雷雨。
あんなに今朝はいい天気だったのに。
背筋に電流が走るような雷鳴に、身をすくめて震えていた私。
まるで子猫をあやすかのように、菊原さんは私を抱きしめてくれていた。
どれくらいそうしていたのか。
気がつくと私の服も菊原さんの服も、雨を吸い込んで肌に貼りつき。
水を含んだシャツは色を変え、ポタポタと裾から雫が滴り落ちている。
「……落ち着いた?」
「……はい。ありがとう、ございます」
雨に打たれているというのに、私を抱きしめる腕は熱いくらいで。
その温もりに守られるように包まれて、あんなに激しかった心臓の音も少しずつ落ち着きを取り戻していた。
そっと腕を緩め、私の顔を覗き込むと、菊原さんはフッと口端に笑みを浮かべた。
その笑みは安堵の色にも見え、そして意地悪な艶っぽさを纏っている。
「……早く帰ろう。風邪を引く。それに……」
小さく呟いた菊原さんの言葉は、最後の方は雨にかき消されて聞こえなかった。
「待って」
急いで歩き出そうとした私は、ふいに菊原さんの腕に引き寄せられた。