コン、コン。
『暗室』と札の掛かった扉をノックする。
「……誰」
どこか不機嫌な声と共に、わずかに開かれた扉から顔を覗かせたのは、栗巻さんだった。
「え……四葉……?」
薄暗い暗室から明るい廊下に目が慣れないのか、数回瞬きを繰り返して、彼は目を見開いた。
「あの、ごめんなさい。お邪魔……しちゃいましたか?」
おずおずと尋ねると、彼はスッと目を細めて首を横に振る。
「ううん。大丈夫……入って」
そう言って彼はわたしの腕を引いた。
開かれた扉の隙間へと、わたしの身体は滑り込み。
室内に伸びる外からの光がすうっと細くなり、消えた瞬間。
「あっ……」
わたしは背中を閉まった扉に押し付けられ、そしてカチャリと内鍵が閉められた。
「栗巻さん……?」
目の前にある彼の顔が、ようやく暗がりに慣れた目に映し出された時。
「四葉……」
囁くような、ため息混じりにわたしの名前が呼ばれ、ふわりと空気が揺れる。
頬に触れた手の感触。
それがわたしの顔を上向かせ。
唇に伝わる熱が一気に身体中に広がる。
「……んっ」
呼吸が奪われ、思考が奪われ、身体から力が奪われる。
「……前の、続き……しよ……」
久しぶりに入る大学の暗室は、懐かしい薬品の匂いがした。
――End.