(えっと、赤い札は……)

金曜日の夜のこと。

食事を済ませたわたしは、お風呂に入るためバスルームへとやって来た。

つい先日、壊れてしまった扉の鍵。

わたしが四つ葉荘に入ったばかりの頃にそうしていたように、最近はまた赤い札を印にしている。

(そう言えば、栗巻さんと鉢合わせたんだっけ……)

懐かしい思い出に少し頬が熱くなるのを感じながら、わたしは赤い札を掛けて扉を開けた。

その時。

(……えっ……?)

まるでデジャヴを見ているかのように、わたしの視界にふわりと柔らかな栗毛が映った。

「栗巻……さん……?」

視線を落とすと、脱衣所の隅に膝を抱えて座り込んでいる彼に気付く。

わたしはハッとして側に駆け寄った。

覗き込んだ彼の顔は蒼白く、いつかと同じように彼はつぶやいた。

「あ……そっか。札入れるの……忘れてた」

蒼白い顔を上げた彼は、フッと笑ってわたしの頬に手を触れる。

わたしは思わずその手を握った。

その手は、あの時は差し出されることがなかったものだったから。

触れた指先は少し冷たい。

「横になった方が……」

言葉がかすかに震えているのが自分でも分かる。

すると彼はまっすぐにわたしを見つめて、ふわっと笑った。

「……いい」

「いい、って……」

「四葉が、ギュッてしてくれたら……治る」

「えっ?」

やわらかな微笑みを浮かべながら、彼はもう一度、甘えるように言う。

「ね……ギュッてして?」

まるで小さな子どもがおねだりをするように、上目遣いにわたしの腕をつかむ彼。

その少し潤んだ瞳に、わたしは絡め取られたように釘付けになる。

(ずるい……)

気がついた時には、わたしの手はふわふわの栗毛の頭に伸ばされていた。


「……ん……四葉の腕の中、気持ちいい……」

どれくらいそうしていたのだろう。

わたしの胸に甘えながら、吐息のような言葉が漏れ聞こえてくる。

その感触がくすぐったくて、わたしは身をよじった。

「……やっぱり部屋で休んだ方が……」

「平気……でも、もう少しこうしてて」

その言葉は、さっきとは違って、はっきりとしたものだった。

わたしはフウッと息を吐いて、彼の背中に腕を回す。

顔をすり寄せてくるその姿は、本物の猫のようだ。

ふわっとやわらかく揺れる栗毛も、わたしより2つも年上なのに甘え上手なのも、女の子みたいに綺麗な顔立ちも。



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