「……四葉、おいで」

静かなアトリエの中。

そこに流れるのは、柔らかな調べと、鉛筆の音。

そっと息を吐き出して鉛筆を置くと。

わたしは目を閉じて、その音に耳を澄ませた。

最後の和音がふわりと空気に溶けるのと同時に、彼はわたしをそう呼んで。

「……murmures d' amour」

その瞳に導かれるままに彼の隣に腰を下ろすと。

わたしだけに聞こえる、小さな声で彼はそう囁いた。

ふたりだけの空間に、甘く優しいメロディーと。

窓から差し込む陽の光が、穏やかにそっと広がっていく。

それはまるで、鳥のさえずりのようにも。

星の瞬きのようにも。

ふわりと揺れるキャンドルの灯りのようにも。

そして、彼の温もりのようにも感じさせる。

「…………」

目を閉じてその流れに身を任せると、隣に座る彼の息遣いが聞こえる。

細く長く、ほんの少し冷たい、繊細な指。

ゾクリと身体の芯が震える感覚に、わたしは思わず自分の身体を抱きしめた。

「……四葉……?」

静まり返った室内に、わたしの名前を呼ぶ彼の声が響く。

ハッとして隣を見上げると、彼はフッと笑みを浮かべて。

スッと人差し指でわたしの頬を撫でた。

「どうしたの?もしかして……」

揺らめく瞳が間近に迫って、絡め取られたようにわたしは身動きが出来ない。

彼の熱を思い起こさせるような、甘く深い音色が、耳に残って離れない。

「……あっ」

不意に、くいっと手を引かれて。

抱き寄せられたその耳元で、吐息交じりの囁きが落とされた。

「“murmures d' amour”……愛のささやき」

「え……」

「君のための曲だよ」

柔らかな唇が耳をかすめ、零れた声が空気に溶けきる前に、わたしの唇を温もりが塞ぐ。

「んっ……」

「……四葉」

溺れていく。

その指先がつむぐ唄に。


――End.

(murmures d' amour…ミュルミュール ダ ムール)



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