ブオン。
聞き慣れたバイクのエンジン音。
目の前にある、大きな背中。
彼の髪と同じ匂いのするヘルメット。
チラッとわたしを振り返って。
バイクは走り出した。
「わあ…キレイ…」
鮮やかにオレンジに染まるその景色に、わたしは思わず声を上げた。
「…ああ」
そんなわたしの隣で、フッと笑みを浮かべて、朝比奈くんが相づちを打つ。
珍しく午後が休講になった日。
突然彼に誘われて、わたしは連れられるままに海へとやって来ていた。
沈んでいく大きな太陽が、隣に佇む彼の横顔を照らしていて。
頬に落ちる影と、切れ長の瞳が、どこか切なさを帯びている気がする。
「…っくしゅ」
不意にくしゃみが零れて。
それと同時にふわりと背中を温かいものが包み込んだ。
「朝比奈くん…」
「寒いか?」
「ううん。あったかいよ…ありがとう」
不器用で、ぶっきらぼうで、照れ屋の彼。
わたしを引き寄せる腕にそっと触れると。
そこからじんわりと、彼の温もりが伝わってくる。
「…ごめんな」
「え…?」
不意に耳元でポツリとつぶやかれた言葉に、わたしは目を丸くして視線を上げた。
「夏休みも…俺、バイトばかりで…」
そう続けた彼の目がそっと伏せられて。
長い睫毛がかすかに揺れる。
「…ありがとう。ここに連れて来てくれて」
「…え?」
さあっと潮風が吹き抜けて、太陽が水平に最後の光を放って消えていく。
風にさらわれる髪を片手で押さえながら、わたしはクスッと笑った。
「また…連れて来てくれる…?」
かすかに開かれていた目が、スッと細められて。
「…ああ…約束する」
フッと微笑みを浮かべてひと言、告げられた言葉が風に乗ってわたしの耳へと届けられる。
ひんやりと頬を撫でていく潮風。
少しずつ深まっていく秋の香りのように、わたしたちもゆっくりと歩いていけたらいいと思う。
「…帰るか」
そっと握られた手を、返事の代わりにそっと握り返した。
――End.