(……ん……?)
頬に触れる温かい感触に、ゆっくりと意識が戻ってくる。
重い瞼を開けると、光の中に見えたのは。
「……菊原……さん……?」
それが彼だと確認する前に、わたしはハッとして飛び起きた。
「あっ……」
途端、頭がクラッとして、ベッドの上でうずくまる。
「四葉。もう少し寝ていた方がいい」
それは驚くほど優しい、労わるような声音だった。
彼の手に支えられながら、わたしはもう一度ベッドに横になる。
視界に映った彼は、フッと笑みを浮かべて言った。
「……すまなかった……キミに……随分心配をかけて……」
「そんな……わたしの方こそ、余計なことを……」
「いや」
謝ろうとしたわたしの唇に、言葉を遮るように彼のしなやかな指先が触れる。
「ずっと……迷っていた。キミに言われるまで……」
一度言葉を切った彼は、唇に当てていた指を、スッと頬へと移動させて。
わたしの頬を包むようにして覗き込んでくる。
少し、申し訳なさそうに伏せられた瞳。
「裕介からキミが倒れたと連絡があって……。悪かった。俺は……キミが相手だと、つい……甘えてしまいたくなる」
「え……?」
思いがけない言葉に、目を丸くしたわたしから、彼は視線を逸らした。
その頬がかすかに赤く染まっている気がする。
「キミに言われて、吹っ切れたんだ。だからもう……心配、しないで」
「……しますよ。心配……」
「え?」
わたしのつぶやきに、見開かれた瞳がスッと細められる。
そして、頬にあった手がわたしのあごを持ち上げて。
「なぜ、俺の心配を……?」
妖しくゆらめく瞳と、微笑みが、ゆっくりと近づいて来て、吐息の触れ合う距離で止まる。
「それは……菊原さんが……好きだから……」
ドクンと揺れる鼓動を持て余しながら、何とかそう声を押し出したわたしの唇に、一瞬、温かいものが触れた。
「……違う」
怒ったように言う彼の意図が分からずに、じっと見つめ返すわたしを見据えて。
菊原さんはこう続けた。
「名前……呼んでくれないの?」
不敵な微笑みと、甘く痺れさせる声に、わたしの口から言葉がこぼれ落ちる。
「……千尋……」
震える声が、静まり返った部屋の中にこだまして。
仲直りのキスが、わたしの凍えていた心を熱く溶かしていくのだった。
――End.