カタカタカタ。
カリ、カリ、カリ。
アトリエに響くのは、軽快なタイプ音と鉛筆が紙を走る音だけ。
四つ葉荘は人が出払い、残っているのは彼と、わたしのふたりきり。
静かな休日の午後だった。
ふう、とそっと息をついて、わたしは壁に掛かる時計を見上げる。
時計の針は3時を過ぎていた。
チラッとパソコンスペースに視線を向けると、創一が真剣な表情で画面に向かっている。
アメリカ留学以来、彼の建築に対する意識や姿勢がどこか変わった気がする。
その瞳は生き生きと、彼が尊敬するお祖父さんの話をする時のように輝いていて。
わたしは胸が高鳴るのを感じた。
そっと、音を立てないようにアトリエを後にして、わたしはキッチンに向かうと、コーヒーメーカーに豆をセットする。
窓から射し込む陽の光が暖かい。
春も近いのだろう。
ここのところ暖かい日が続いていて、気の早い桜の開花があちこちで見られると、ニュースで聞いていた。
アトリエの窓際で寒さを凌いでいた薔薇の苗木たちにも、今朝見た時には11個も蕾がついていて。
本当に春を錯覚してしまうくらいだった。
コポポポポ。
コーヒーメーカーからポットを取り出し、わたしはふたつのカップにコーヒーを注ぐ。
ポチャンと角砂糖とミルクを自分のカップに落として。
少し、考えを巡らせてから、わたしはもうひとつのカップの横に、昨日作ったチョコレートを一粒乗せた。
「……四葉。サンキュ」
そっと彼の作業の邪魔をしないようにと、カップを机の端に置いて、手を離した瞬間。
スッと手首を掴まれた。
「創一……ううん。頑張ってね」
「……や。ちょっと休憩」
わたしの言葉に彼は掴んでいた手を離してグイッと伸びをする。
そして湯気の立つコーヒーカップを手にした。
「……お前……」
コーヒーを口にした彼は、少し驚いたように目を見開いてから、フッとやわらかい笑みを浮かべる。
ポンポンとわたしの頭を叩くその感触と、向けられる表情に、ふわりと心が温かくなる。
ほんのりとココアの香りのする、ちょっぴりビターなチョコレートの甘さみたいに。