「え……?」
振り返ると、眉を潜めた菊原さんの顔。
「気づいて……いないの?」
その熱を帯びたまなざしがゆっくりと近づき、再び心臓がドクドクと音を立て始めた。
頭にカーッと血が上るよりも早く、唇が触れそうな距離で菊原さんは動きを止める。
「……その顔……こんな格好で……分かってるの?」
「えっ?」
揺れる瞳に捕らえられ、頬が一気に赤くなった気がする。
視線の端に映るものに私はハッとした。
(シャツが……)
彼の身につけている服は濡れてうっすらと肌が透け、意外にも引き締まってほどよくついた筋肉や広い胸板が映し出されている。
ドキドキと心臓が激しく音を立て始める。
そんな私の胸の内に気づいているのかいないのか、前髪をかき上げる仕草に息が止まりそうになった。
私は下着の色さえも露になった胸元を慌てて手で押さえる。
それを見た菊原さんはクスクスと意地悪そうな笑い声を洩らす。
「意外と大胆だね。……そんな姿……」
思わず、恥ずかしさに俯く私に手が伸ばされ、胸元に当てた手をそっと外される。
そして細く長い指が私のあごに添えられ、上向かされた。
「その姿……俺以外の男に見せるつもり?」
雨に打たれて貼りついた髪から流れる雫が彼の額を伝い、長い睫毛の先からポタリと落ちる。
その奥の瞳は濡れて、私の心と身体をゾクリと震えさせた。
「あ……」
身震いとともに洩れた吐息は、彼の熱い唇に飲み込まれていた。
冷えきっていたはずの身体の奥から押し寄せるように熱が上っていき、もう寒さも雨に打たれていることさえも感じなかった。
いつも冷静な菊原さんらしくない、激しく深い口付けに、頭の中は真っ白になる。
手から力が抜け切った時、唇がそっと離され、ふわりと包み隠すように肩を抱き寄せられた。
「そんな顔をされたら、このまま離したくなくなる」
ボーッとする頭の中で、私は再びその唇を受け止めるのだった。
頭上に広がっていた黒い雲はいつの間にか取り払われ、私たちが家路に着く頃には星がキラキラと瞬いていた。