「う……ん……」
ひんやりと冷たい感触がおでこに触れて、わたしの乾いた唇からため息が漏れる。
それと同時に、すうっと意識が浮上してきた。
「……あ。起こしちゃった?」
うっすらと開いた目に、裕ちゃんの心配そうな表情が映る。
「裕……ちゃ……」
「ん。家に着いたから、もう大丈夫だよ」
そう言って、タオルを手に立ち上がろうとする彼。
(あ……)
その姿に、胸の奥がギュウッと掴まれたような感覚に陥った。
それは身体が弱っているから。
だから、寂しく感じるのだ。
そう、頭では分かっているのに、心が追いついて来ない。
(こんな顔したら……裕ちゃんに心配かけちゃう……)
「……四葉」
そんなわたしの心の中なんてお見通しとでも言わんばかりに、裕ちゃんはため息をつきながら、ベッドの端に腰を落とした。
「風邪引いて辛い時くらい、素直に甘えなさい。裕ちゃんは四葉に頼られるのが嬉しいんだから……オレに遠慮は無し。ね?」
優しい微笑みと共に手が伸びてきて、わたしの頭をそっと撫でてくれる。
「うん……ごめんね、裕ちゃん……」
思わずつぶやいたわたしの額を、彼は小さく小突く。
「こーら。約束、忘れた?」
「約束……?」
「裕ちゃんに『ごめん』は無しだって……前に、言ったでしょ?」
「あ……」
彼はフッと笑って、まぶしいものを見るように目を細めた。
「四葉が辛い時に、こうしてオレを必要としてくれて……それに応えてあげられることが、すごく嬉しいんだ」
穏やかな声と、頬を包む優しい手。
そして、わたしを愛しそうに見つめてくれる瞳。
心がふんわりと彼の温もりに包まれている感じがして、ホッと安心する。
わたしは再び遠ざかっていく意識の中で、彼のささやく声を聞いていた。
「これからもずっと、四葉の一番近くにいるから……」
翌日。
窓から射し込むまぶしい陽の光に、わたしはゆっくりと目を開けた。
昨日の気だるさも、身体中の熱も、嘘のように消えている。
身体を起こそうとした時、わたしは右手の感触に気付いた。
「あ……」
その感触を追って視線を移動した先には、ベッドに突っ伏して眠る裕ちゃんの姿。
スヤスヤとやわらかな寝息を立てて眠っている彼の顔は、少年のようなあどけない表情が見え隠れしている。
「……裕ちゃん。ありがとう……わたしもずっと、裕ちゃんの側にいるよ」
そう言って、彼に向かって手を伸ばそうとした瞬間。
「きゃっ!」
グイッと勢いよく腕を引っ張られ、わたしは彼の胸に倒れ込んだ。
「ゆ、裕ちゃんっ!起きてたの?」
「ヘッヘー。四葉からの愛の告白を裕ちゃんが聞き逃すとお思いですか?」
おちゃらけてそう言った裕ちゃんに、わたしは恥ずかしくなって胸をポコポコと叩いた。
「もうっ!びっくりしたんだからっ」
すると、グッとわたしの手首を彼の手が掴み、真っ赤になっているだろう顔を、真剣な目が覗き込んでくる。
「裕ちゃ……」
わたしの声は、途中で途切れた。
(あ……)
目の前の彼の顔が、いつの間にか睫毛が触れるほどの距離に迫っていたから。
(裕ちゃん……病み上がりなのに……)
わたしの心の声なんてお構い無しに、やわらかくて優しい温もりは、唇から身体中へと広がっていく。
そっと瞼を下ろすと、わずかに唇を触れ合わせたままで、彼の言葉が静かな室内に響いた。
「ずっと……オレの側に……一生、離さないから……」
――End.