冬だということを忘れてしまうくらいに、今日は本当に暖かい。

お腹がいっぱいになったせいで、だんだんと頭がぼんやりしてくる。

(松本さんと……いるからかな……)

そんなことを思いながら、わたしは目を閉じて空を仰ぐ。

ふんわりと、優しい日射しと空気が身体を包み込んで、本当に眠ってしまいそうだった。

「……四葉……?」

ふいに隣から名前を呼ばれ、わたしはハッと目を見開いた。

(今……わたしの名前……)

そう。

彼は普段、わたしのことを苗字で呼ぶ。

名前で呼んでくれることもあるけど、それは本当に時々、ふたりきりの時くらいで。

外では呼ばれたことがない。

「眠りそうだ……」

穏やかな笑みで、優しい彼の手がわたしの頬へ伸びてくる。

そっと触れた指先はとても温かくて、大きくて、何となくほっとする。

それと同時に、わたしの胸は幸せにキュッと締め付けられた。

「松本さん……」

サワサワと揺れる、さざんかの葉ずれの音。

降り注ぐ太陽の光。

大好きな黒い瞳がわたしを映し出していて。

「……四葉……」

そして穏やかな声がわたしの名前をささやいてくれる。

それだけのことだけど、それがとても嬉しくて。

幸せで。

「……好きだ」

ポツリとつぶやかれた言葉に胸を揺さぶられる。

スッと近づいて来た瞳が、間近でわたしの心と、視界をさらっていく。

「松本さん……」

ふわっと重なった唇は、すぐに離された。

そして彼はわたしの肩に手をかけ、ベンチの背もたれにそっと背中を促した。

(……ん……)

再び触れ合った唇は甘く、それはゆっくりと確かめるようにわたしを求めてくる。

わたしは彼の大胆な一面に驚きながらも、わたしの姿を隠してしまうほど広いその背中に手を回した。

そこはちょうど、さざんかの木の陰に隠れる、ふたりしか知らない、ふたりきりの場所だった。


――End.



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