「四葉……」
目の前に迫る端正な顔。
色っぽいまなざしと私の名前を呼ぶ甘い声。
頬に触れていた細く長い指が、ツッとあごのラインを撫でた。
「きっ……菊原さん……」
私は思わず彼の身体を押し返した。
「……何?……お礼をもらえるのかと思ったんだけど……」
フッとかすかに笑う気配がして、逸らした視線を戻すと。
意地悪げな妖しい光を宿した瞳から逃れられなくなった。
「だ、誰か来ちゃいま……」
押し出した言葉は、彼の唇に吸い込まれた。
(んっ……)
柔らかく触れ合った唇の感触と、私の肌を撫でる彼の滑らかな髪。
押し返そうと彼に向けて伸ばした私の手は、捕らえられて力を失った。
「……逃がさない」
ゆっくりと唇を離しながら、息のかかる距離でささやきが落とされる。
まるで魔法にかけられたように、身体が痺れて動かない。
聖なる夜のアトリエ。
彼の指が紡ぐ、私だけのクリスマスソングと。
テーブルに揺らめくキャンドルの灯りと。
そして甘い口づけ。
「菊原……さん……」
「名前で呼んで」
零れた言葉が空気に溶ける前に、被せるように彼の声が重なった。
「……千尋……」
「さん」と付け加える前に、私の言葉は阻まれる。
彼の甘い、唇に溶かされて。
Silent night kiss.
――End.