「うわっ……」
ボーッとしていたせいで、私は曲がり角で人とぶつかりそうになってしまった。
「あっ……すみません!」
慌てて頭を下げると、頭上からは呆れた声が落とされた。
「ったく……危なっかしいな、お前。ちゃんと前見て歩けよ」
「えっ?」
よく知っている声に顔を上げると、案の定そこにいたのは創一だった。
「お前もこれから昼飯か?」
「あ、うん……」
私の答えに創一は、私が床に落としてしまった資料を拾い上げ、背を向ける。
「なら、一緒に行くぞ」
「……え?」
「え?じゃねぇだろ。一緒に飯食うぞ」
創一はそのまま先に歩いて行ってしまう。
「あっ。ま、待って!」
私はなずなに断りのメールを入れながら、彼の背中を追った。
「……それでお前は参加するのか?」
学食を食べながら、向かいに座る創一が唐突に口を開いた。
「……え?」
「それだよ」
彼はアゴで私の横の席に置かれた荷物の方を指した。
そこにはさっき教授から貰ったばかりの資料が覗いている。
「聞いたんだろ?コンペの話」
「あ、うん。創一は……参加するの?」
私の問いかけに彼は鼻を鳴らす。
「当たり前だろ」
「あ。やっぱり、そうなんだ」
私はなぜか少しホッとしながら小さくつぶやく。
「やっぱりって何だよ?」
私の独り言が聞こえていたらしく、訝しげな声が降ってきて、私は慌てて創一を見ながら言った。
「創一、すごく熱心だから。コンペなんかには必ず参加してるでしょ?」
「ハハッ……お前、よく見てるな」
彼は嬉しそうに笑顔を浮かべると、私の頭を大きな手で撫でた。
「ちょ、ちょっと創一……みんなが見てるよ……」
チラチラと向けられる周りの視線を感じながら、こういう些細なところで、彼が出会った頃よりも丸くなったなと、心地よく感じるのだった。
それから1週間後。
私は建築科のゼミへとやって来ていた。
創一の言葉にエネルギーを貰い、コンペへの参加を決めた私は、ペアの相手が決まったという報せを受けて、顔合わせにやって来たのだ。
(長門、さん……)
私の目の前に座っていたのは、創一と同じゼミの長門太郎さん。
以前にも何度か話をしたことがあり、顔見知りだ。
内心、創一と一緒に出来たら……と思う部分がなかったわけじゃない。
少しガッカリしたような、ホッとしたような、複雑な気分でいる私に、長門さんは右手を差し出して微笑みを浮かべた。
「あなたと組めるとは思っていませんでした。良い作品にしましょう……よろしく」
「よろしくお願いします……」
こうして私の慌ただしい日々が始まった。