コン、コン。
その夜、夕食もお風呂も終えて、部屋で寝る準備をしていると、遠慮がちに扉をノックする音が響いた。
「はい」
ゆっくりと扉を開けると、目の前に何かが飛び込んで来る。
頬に触れるやわらかな栗色の髪の毛と、背中に感じる腕の温もり。
「栗巻さん……?」
わたしの呼びかけに反応するように、その腕に力が込められる。
「……先生が……」
その消え入りそうなひと言に、昼間のことを思い出す。
(あ……そっか、先生から聞いたんだ)
「うん。クリスマスパーティー……参加、しないの?」
わたしの肩に顔を埋めたまま、彼は小さく首を振った。
「……参加……する」
「えっ?」
予想もしなかった答えに、わたしは一瞬言葉をなくす。
(え……参加しないつもりだったんじゃ……?)
そんなわたしの考えに気づいたのか、彼はポツポツと言葉を繋げた。
「四葉が……一緒に行ってくれるなら……参加する」
「わ、わたし?」
「ん。先生がいいって……」
その言葉に昼間、自信たっぷりに『絶対』と言った篠田先生の笑顔が浮かんだ。
(もう……篠田先生には敵わないなあ……)
わたしは苦笑いを浮かべながら、彼の背中を抱きしめ返す。
「じゃあ……一緒に行こう?」
「……いいの?」
パッと顔を上げた栗巻さんの表情が、フワッとゆるめられる。
「うん」
彼のその微笑みに、わたしの胸はコトリと音を立てた。
「じゃあ……約束」
スッと彼の顔が近づき、唇にやわらかいものが触れる。
約束のキスは、甘く深くなっていく。
そしてわたしの心をゆるやかに熱くしていくのだった。
迎えた12月24日、クリスマスイブ。
わたしは栗巻さんに連れられて、展示会の会場へとやって来た。
「……シャンパンはいかがですか?」
まるで高級レストランのウェイターさんのような出で立ちの男性が微笑みを浮かべて声をかけてくる。
(あ……これ、アルコール、だよね)
差し出されたグラスを前に戸惑っていると、隣に立つ栗巻さんがスッと手で遮るようにかざした。
「……彼女、未成年だから」
そう言って、わたしの代わりにグラスを手にする。
彼はわたしに視線を向けると、それを目の前に掲げた。
「……乾杯」
穏やかに細められた目。
口元に浮かぶかすかな笑み。
やわらかい彼の雰囲気を、身につけた黒いスーツが引き締めていて。
いつもは口にしないお酒を飲む彼の姿。
コクリと動く喉。
それはいつものふわんとした彼とは違う。
わたしを包む空気に、身体の奥から酔いが回ってくるように、胸が熱くなるのを感じた。
「……やっぱり四葉が一番キレイ」
グラスを置いた栗巻さんの言葉がわたしの耳をくすぐる。
グイッと腰に触れた手が、わたしを彼の方へと引き寄せた。
吐息がかかるほど近くにある栗色の瞳には、赤いドレスを身にまとう自分の姿が映っている。
それは、彼が用意してくれた、クリスマスプレゼントだった。