「だ〜め。詩季ちゃんは、ここ」
ゆっくりと回るゴンドラの中。
亮太くんの座る、向かいの椅子に腰掛けようとして。
グイッと腕を引き寄せられる。
「きゃっ…」
途端に、ゴンドラがフワッと揺れて。
バランスを崩して倒れ込んだ彼の胸に抱きすくめられた。
頭上でクスッと笑う気配が、これがわざとなんだって教えてくれる。
「…Happy birthday、詩季ちゃん」
言葉と共に目の前に差し出されたのは、小さなペチュニアの花束。
一体、いつから持っていたんだろう。
どこに隠しておいたんだろう。
聞いたって、彼は絶対に教えてくれないから。
わたしは彼のことを密かにマジシャンだって思っておくことにする。
驚いて目を見開くわたしを、栗色の大きな瞳が覗き込む。
「俺の気持ち、だから…ね?」
ポツリと、かすかなつぶやきが耳に入った。
「亮太くん…ありがと…」
ゆっくりとふたりを乗せたゴンドラが12時の位置にやってきて。
言い終わる前に、優しく唇が塞がれる。
触れ合った場所から広がる温もりがあたたかくて。
優しすぎて。
切ないくらいに。
後で知った、ペチュニアの花言葉。
“あなたと一緒にいると、心が和らぐ”
12時を過ぎて、魔法は解けても。
ねえ。
ガラスの靴は持っていてね。
何度だって、あなたに魔法をかけてもらうから。
―End.