カタン。
玄関の扉がそっと閉まる音が、静まり返ったリビングに響く。
小さな足音が近づいて、開いた扉の向こうの人影が、ふっとかすかに笑った気配がする。
丁寧にラップがかけられた夕飯。
そして、ダイニングテーブルに伏せて、静かな寝息を立てるのは。
「…詩季ちゃん…」
壁に掛けられた時計の針は、深夜0時を指していた。
昇格に伴って任される案件も増え、ここ最近は深夜に帰る日が続いている。
そんな崇生の帰りを彼女はいつもこうして待ってくれているのだ。
先に食事を取ることも、先に休むこともせず。
「…ありがとう。ごめんね」
ポン、ポンと優しく髪を撫でる。
柔らかな髪に指を差し入れて、ひと束。
すくい上げた崇生は、同じシャンプーの匂いのするそれにキスを落とした。
「ん…崇生、さ…ん…?」
頭に触れる温かな感触に、ふわりと意識が浮上する。
ぼうっと映る視界に、見慣れたスーツのボタンが浮かび上がって。
「…お帰りなさいっ」
はっとして体を起こしたわたしを、少し驚いた表情で、でもとても穏やかに優しい微笑みを浮かべながら、彼は手を差し出しす。
その手に促されて、立ち上がったわたしを抱き寄せると、彼はひと言つぶやいた。
「ただいま。可愛い奥さん」
ちゅっと軽いキスの音が室内に響く。
まだ籍は入れていないのに。
だけど、それが本当になるのも、そう遠くない未来。
首に腕を回して、大好きな人の唇に、わたしはねだるようにキスをした。