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初夏の風にサワサワと揺れる木の葉の間から、漏れる光が足元に模様を描いていく。

チャプン、と水面が音をたてて、丸い波紋が広がって消えた。

「…詩季」

低く穏やかな声音で名前を呼ばれて。

その瞬間、わたしの目の前が赤いもので包まれた。

「え…」

まぶしいくらいに赤いそれは、甘い初夏の香り。

11本の薔薇の花束だった。

「…ゼンさん…」

ゆっくりと振り返ると、優しい緑色の瞳がわたしを映している。

「…ありがとう」

大切に抱えた薔薇の花束。

それに鼻を寄せるわたしの姿に、彼はひとことそう言った。

「ううん…わたしも、ありがとう…」

「白いワンピースに…とても似合っている…」

ふっとかすかに微笑んで、そっとわたしの頬に触れる長い指。

吸い込まれそうにキレイなその瞳に。

穏やかに見つめる眼差しに。

トクンと胸の中で小さな音が響くのと同時に。

スッと腰に伸びた腕に引き寄せられた。

「…ん…」

言葉は、多くはいらない。

触れ合う唇を通して、耳に響く鼓動と、温もりを通して。

たくさんの想いが溢れていく。

キュッとシャツを掴んだ手を、ふわりと大きな温もりが包み込んだ。

「んっ…ゼン、さ…」

唇から漏れた言葉は、深まる口づけに途切れた。

ふたりの姿を隠すように、白い日傘が木洩れ日を反射する。

「…詩季…好きだ…愛してる…」

「…んっ…はぁ…」

熱い吐息と囁きが肌をなぞり。

こらえきれない甘いため息がこぼれる。

絡み合う熱以外に、もう何も感じられない。

カタン。

力を失って緩んだ手から、日傘が地面に転がり落ちた。

腰を支える腕がグイッとふたりを密着させて。

わたしはその首にしがみつくように腕を回す。

「…もっと…」

思い出の湖のほとり。

足元には、いつか受け取れなかった薔薇の花束を。


―End.

2012/6/30



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