「…はぁ」
ゆっくりと藍色に染まっていく空に、ひとつ、ふたつ、瞬く星が昇っていく。
仕事が終わって、外へと足を踏み出したわたしは、ゆっくりと深呼吸をした。
冷たい空気に、白い息が消えていく。
すると、ひらり、目の前を白いものが横切って。
「あ…雪だ…」
空を仰ぐと、白い小さな天使の羽のような結晶が舞い降りてくる。
(そういえば今日は、今年一番の寒さだって言ってたっけ…)
そんなことを思い出しながら、凍えそうな両手をすり合わせて、家路を急ごうと足を踏み出した時。
「詩季先輩…!」
不意に背後からわたしを呼び止める声が響いて、わたしは振り返った。
「鴨野橋くん…お疲れさま」
「お疲れさまです。あ、ええっと…今日は寒いですね」
「うん。雪も降り始めちゃったし…」
「あ、あのっ…良かったら僕と…食…」
「…詩季!」
鴨野橋くんが何かを言おうとした、その言葉を遮って、聞きなれた声がわたしを引きとめた。
「流輝さん!」
声のした方向へと視線を向けると、車の窓越しに流輝さんがこちらを見ていて。
フッと口端に笑みを浮かべた後、こう言った。
「悪いな。詩季はこれから俺とデートなんだ。詩季、早く乗れ」
「ったくアイツ…お前を食事に誘おうとしてただろ」
ゆるやかに発進した車の中、バックミラーをチラリと見やって、流輝さんがつぶやく。
(あ…やっぱりそうだったんだ)
「…人の女に声かけてんじゃねーよ」
「ふふっ。流輝さん、もしかして…やきもちですか?」
ハンドルを握る流輝さんの表情がどこか不機嫌そうで、やきもちを妬いてくれたことが嬉しくて、つい笑みが漏れてしまう。