どれくらい経っただろうか。
ひんやりと冷たい夜気に、ほっと息をつきながら、わたしは手にしたシャンパングラスを傾けた。
パーティー会場の中からは、クラシカルなバイオリンの音色が流れ。
ふと頭上を仰ぐと、空には一面の星空が広がっている。
「なあ…お前、どうやって知ったんだ」
バルコニーの手すりにもたれかかりながら、虎之介が口を開く。
「胡蝶蘭のこと?」
「…ん」
わたしの着物姿を見るなり、ヘンネスはとても気に入ったと言って。
あっという間に業務提携の話にまで発展したのは、つい先ほどのこと。
”あなたのそのさり気ない気遣いが本物ならば、私はあなた方と素晴らしい物を生み出せる自信がある”と。
「昔、まだヘンネスが若手デザイナーだった頃の記事を思い出したの。彼女は胡蝶蘭が好きで、初めて発表した作品も胡蝶蘭をイメージしたものだって」
この逸話を知っている人は少ないから、わたしの姿を見た時に本当に驚いたと彼女は言っていた。
「…その着物は、お前の勝負服だったってわけか」
「ふふっ。そういうこと」
わたしの着物姿を眺めて、虎之介は満足そうに頷いて。
「お前が居てくれて助かったよ…ありがとな、詩季」
ふわっと優しい、ふたりきりの時にしか見せない笑顔を見せてくれる。
「わたし、虎之介の役に立ってる?」
「ん。仕事でも、プライベートでも、十分役に立ってる」
そう言って、背中を向けた彼の頬はかすかに赤らんで見えた。
「…似合ってる。可愛いよ、着物姿も」
「え、何?聞こえなかった。もう一回言って!」
「二度と言わねーよ。そろそろ帰るぞ」
相変わらず、ぶっきらぼうで、容赦がなくて。
でも、その歩調はわたしが追いかけて行くのを待ってくれているようで。
彼の後ろ姿を見つめながら、やっぱりかっこいいなと思った。