「わ…すごい…」
「ん。確かに、すげーな」
目の前に広がる光景に、わたしは思わず感嘆のため息を漏らす。
”Le Meurice”
ルーブル美術館のすぐ近く、チュイルリー公園を望む位置に、浮かび上がった美しい建造物。
ムーリスホテル。
歴史を感じさせる、繊細な彫刻を施された外観。
ミシュラン3つ星レストランを備える、フランスを代表する高級ホテルだ。
ため息をつくわたしの隣で、”すげーな”とつぶやいた虎之介は、いつもと変わらない。
「…ほら。ボケッとしてんな。行くぞ」
スッと差し出された手のひらと、向けられた笑顔に。
少し気後れしながらも、わたしは手を重ねた。
ここは、世界的に有名なファッションデザイナー・ヘンネスの新作発表レセプションパーティーの会場。
アパレルメーカーなら目をつけないことはないというこのパーティーへの招待状。
それを奇跡的に手に入れたわたしたちは、今、大きな使命を背負ってここに立っている。
『ヘンネスと新ブランドを開発したい』
速まる鼓動は、隣にいる虎之介の姿を見たからだろうか。
彼は初めて一緒に出張した、ミラノで買ったあのスーツを着ていた。
(やっぱりすごく似合ってる…本当にモデルみたい…)
胸の高鳴りを抑えて、わたしは自分の格好を見下ろす。
この日のためにわざわざ呉服店から借りて来た西陣織の着物には、大胆に胡蝶蘭が描かれている。
周りの女性がみんなドレスである中で、着物姿のわたしは一際目立つ存在だったらしい。
ヘンネスがこちらへ向かって来るのを見つめながら、虎之介はわたしの手をキュッと握りしめた。
「…大丈夫だ。お前はここにいるどの女よりキレイだ。俺の隣に立つからには、堂々としてろ」