グラスに揺れる真紅の水面に落ちる丸い月。
窓辺に立つと、心なしかいつも見ている景色よりも星が多いことに気づく。
「詩季…怒っているんですか?」
ふう、と深く息をついたわたしの後ろから、聡一郎さんの声が聞こえてくる。
何となく、言葉を探しあぐねて、あれからふたりの間にほとんど会話はなかった。
窓ガラス越しに、彼が近づいて来るのが見える。
「詩季?」
問いかけるように、囁く唇がわたしの右耳にキスをする。
一旦醒めていた熱を呼び起こすような、ぞくりと心を震わすような。
「っ…イヤ…止めて…」
「…それは、本気ですか?」
思わず顔を背けたわたしの体を、優しく包み込むように聡一郎さんの腕が引き寄せた。
本気で嫌なら、抵抗できるのに。
それをしないのを分かっていて、彼はそうするの。
何だかそれが悔しくて、覗き込もうとしてくる彼の視線から、ふいと顔を逸らしてしまう。
「ふふ…やっぱり、怒っているんじゃないですか」
くすっと笑う気配の後、彼の手がわたしの手からグラスを取り上げる。
あ、と声を上げる前に、首元に触れた冷たい感触に、思わず顔を上げると。
「…これで、機嫌を直してくれませんか?」
月明かりを受けて、窓ガラスにキラリと光っていたのは、ハート形を模したネックレスだった。
淡い水色の小ぶりの石がひとつ、さりげなく揺れている。
「あなたに負担をかけたくなかったんです…」
「…聡一郎さん…」
ゆっくりと振り返ると、切なげに微笑む彼の顔。
「詩季」
ぐっと、わたしを抱きしめる腕に力が込められる。
低く名前を囁いた彼の指先が、するりと浴衣の帯の端を引っ張った。
「あなたが欲しい…俺ももう、我慢の限界だ…」
熱い吐息混じりの言葉が唇に降りて来て、わたしはゆっくりと目を閉じる。
「君を、抱きたい」
応えの代わりに、その首に腕を回す。
襟元にそっと差し込まれた手が、ゆっくりと浴衣の襟を肩から落としていく。
はらり。
解けた帯が床に落ちるのと同時に、わたしたちの熱い夜は始まった。
夜の闇に溶けていくように、今夜は、あなたの愛に溺れていたい。
―End.
2013.3.17