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カコン、カコン、と小気味よく響く下駄の音。

穏やかな夕陽に染まるゆるやかな坂道に、ふたつの影が寄り添って伸びる。

趣を感じさせる街並みに、そっと馴染んで溶け込むような。

束ね上げた髪から、ふわりと後れ毛が春風に揺れていた。

「…きれい…」

開けた視界から望む、朱に染まる湖に、わたしは思わず目を細める。

「ああ…きれいだ…」

隣で、聡一郎さんが頷く気配がする。

風が春を運ぶ季節。

ふたりの休みを合わせて、彼が連れて来てくれたのは、箱根だった。

「…詩季」

不意に、名前を呼ばれて顔を上げると、わたしを見つめる聡一郎さんの視線。

いつからそうしていたのか、優しく細められた目に、鼓動が小さく揺れる。

「きれいだ…あなたが…」

すっと伸びて来た手が、頬を撫でて、うなじに触れる。

「いつもと雰囲気が違いますね。とてもお似合いですよ…他の誰かに見せるのは、もったいないくらいに」

アップに束ねた髪から落ちた後れ毛に、長い指が絡まる。

夕陽の映る瞳があまりにも真っ直ぐで、恥ずかしいのに、視線を逸らせない。

「聡一郎さんも…着物姿、とても素敵です」

シンプルな藍の紬は、彼にとてもよく似合っている。

その瞳に映るわたしも、鮮やかに目を惹く青地に藤模様の着物を着ていて。

箱根の街を散策に行くと聞いて、宿の女将が着物を貸し出してくれたのだ。

「馬子にも衣装、ですか?」

わたしの言葉に、彼はくすっと笑って、いたずらっぽくそう言って。

そのいたずらっ子のような目をした彼に、思わずそっと、触れるだけのキスをした。

ひとり占めしたいくらい、なんてとても言えなくて。

「そうきましたか…詩季、あなたには敵いませんね」

わたしの小さな仕返しに、目の前の瞳が驚いたようにわたしを見つめる。

「それを言うなら、わたしの方です。こんなに素敵なところに連れて来てくれて…聡一郎さんには、敵いません」

「ふふ。こんなところでキスするあなたの大胆さに敵うものなどありませんよ」

落ちて行く夕陽に、空が藍色に包まれていく。

石畳の坂道に、細く長く伸びるふたつの影が薄れて、暗がりに溶け込むのと同時に。

「詩季…」

吐息が唇に触れて、わたしは目を閉じた。

やわらかな温もりに身をゆだねて。

カコン、カコン、カコン。

来た道を遠ざかっていく、ふたつの足音。

暗闇に浮かぶシルエットが、そっと細い指を絡め取る。

隣を見上げて小さく微笑んで、ふたりの手がきゅっと繋がった。



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