「詩季ちゃん…これ、どうぞ」
コトリ。
まだ客が2人だけの、落ち着いた店内。
静かな空間に、マスターの優しい声と、カウンターに食器が置かれる音が響いた。
「…柿、ですか?」
「そう。お酒を飲む前にこれを食べておくと、悪酔いしないっていう、ジンクス」
にっこりと微笑んで、マスターはそう言った。
”BAR モンキーステーション”
オレンジ色のランプの灯りに浮かび上がる世界。
壁に掛けられた時計の針は、集合時間の17時を指そうとしている。
仕込みに行って来ると言って、マスターは少し席を外した。
「…詩季」
おもむろに、カタンと椅子を引いて立ち上がった修介が、わたしの前にハンカチを広げる。
久しぶりに見る黒いタキシード姿は、やっぱり修介にとてもよく似合っていて。
胸がドキドキと高鳴るのを止められない。
「詩季、見てて」
そう言った彼は、広げていたハンカチを左手に被せて。
「1…2…3…」
小さくつぶやいて、スッとハンカチを引いた。
「わあ…修介、すごい!」
思わず感嘆の声を上げたわたしに、修介は満足そうににっこりと微笑む。
彼の左手には、さっきまでなかったはずの一輪の白い花が握られていた。
「詩季…ちょっと、じっとしてて」
「うん…?」
手にした白い花を、彼はわたしのサイドアップにした髪に優しく挿してくれる。
「…似合ってる」
「ふふっ。ありがとう」