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静かな山間に広がる、小さな里。

無邪気な子どもたちの声が響き渡る、小川の側の山の手の小道。

豊かな新緑の中に、キラキラと木漏れ日が降り注ぐ。

「詩季姫さま、見てください!」

山肌を駆けていた一人の少年が、手に一杯の赤い木の実を見せて、満面の笑みを浮かべた。

「まあ。こんなにたくさん。これは食べられる実なのですか?」

こぼれ落ちそうなほど手一杯の木の実を見ながら、そう問いかけたわたしの背後で、ぽつりとつぶやきが落とされる。

「…ああ、木苺か。ちょうど時期だな」

その視線の先には、木苺狩りに勤しむ子どもたちの姿。

「姫さま、明日お帰りになるなら、これをお土産に持っていってください」

「ね、佐助さま。いいでしょ?」

「…ああ」

走って来た子どもたちが口々にそう尋ね、佐助は仕方がなさそうにそう頷いた。

向こうの方では、五右衛門が相変わらず”伊賀者〜”と、子どもたちに追いかけ回されている。

「ふふ。五右衛門もすっかり打ち解けてしまっているわね」

その様子を微笑ましく眺めながら、片手に山盛りになった木苺を一粒、口に入れてみる。

「…っ」

ところが、予期せず口の中に広がった酸味に、思わず口元を押さえてしまった。

「…こっちだ。口を開けろ」

隣でふっと笑う気配がして、伸びてきた手が一粒。

黒味がかった実を摘んで、わたしの口元に差し出した。


「…甘い…」

潤んだ瞳がこちらを見上げて、それから彼女はおずおずと小さく口を開いた。

ぽとりと一粒、実を落として引っ込めようとした指先に、ほんの一瞬。

かすかに柔らかく温かい唇が触れる。

たったそれだけの、ほんの一瞬のことだと言うのに、ドクンと心臓が激しく音を立てて、佐助はバッと背を向けた。

「赤い実はまだ熟していない。食うなら、熟れた黒い実を食え」


先を歩く佐助の後を小走りに追って行くと、ちょうど道の端に小さな赤い実の生る木を見つけて、わたしは立ち止まった。

「この木ね」

”では佐助に”と小さくつぶやいて、黒味がかった小さな粒に手を伸ばす。

「…おい。待て…」

ちょうど振り返った佐助の、少し慌てた声が聞こえた瞬間。

「痛…っ」

木の実を摘もうと茎に触れた指先に、鋭い痛みが走った。

「あんた、馬鹿か。こいつはトゲが…」

そう言って、抑えていたわたしの右手を掴み上げる。

じわりと赤い血の滲む人差し指の先。

それを確かめた佐助は、迷いもせず、指先を口に含んだ。

突然のことに、びくんと肩が揺れる。

「あ、あの…佐助…」

指先に感じる温もりが恥ずかしくて、痛みなんてどこかに飛んでしまう。

真っ赤になっているだろう顔を見られたくなくて、わたしは思わず俯いた。

「…あんたに傷をつけたら、俺の責任になっちまうだろ」

血の止まった指先に、丁寧に布を巻きつけながら、佐助が言う。

「ご、ごめんなさい…」

おずおずと見上げると、佐助は照れたようにほんの少し頬を染めて、そっぽを向いた。

「…心配、かけんなよ」

布が巻かれた手をきゅっと握って、そのまま佐助は歩き出す。

揺れる木漏れ日が差す小道を、優しい温もりに手を引かれながら、その影を追いかける。

ふふっ、と小さく微笑んで。


―End.

2013.1.29



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