「わあ…すごい。クローバーの絨毯みたい」
柳瀬家の裏庭。
伊吹ちゃんの部屋から見えるこの一面のクローバー畑に、わたしは誘われてやって来た。
「…クローバーはね、お母さんが好きだったんだって。菊乃さんが言ってたの」
プツン、プツンと、シロツメクサを摘みながら、伊吹ちゃんが独り言のように続ける。
「お兄ちゃんは知らないと思うけど…」
ふと空を仰いで、彼女は言った。
「結婚記念日にね、お父さん…ここのお花を摘んで、お母さんのお墓参りに行っているんだ」
摘んだシロツメクサの花を、一本ずつ優しく編みながら、家族の話をする伊吹ちゃんの横顔。
それを思い出しながら、わたしは黙ったままの流輝さんの手に、そっと自分の手を重ねた。
「…伊吹ちゃん、言ってました。『よく、お兄ちゃんに花冠を作ってもらったなあ』って」
クローバーの花言葉は、わたしを思い出して。
お母さんとの思い出を、伊吹ちゃんとの思い出を。
優しい思い出を、たくさん思い出してほしい。
余計なことかとも思ったけれど。
愛に飢えて育ったこの人の心を、ほんの少しでも包んであげられる想いがあるんじゃないかと思った。
「…詩季…」
不意に、横から伸ばされた流輝さんの腕に、ギュッと腰を抱きしめられて。
「流輝さん…」
それはまるで、子どもが母親に甘えるみたいに。
彼はわたしの膝に顔を埋めた。