窓辺を照らすキャンドルの明かりが、グラスの中に揺れるシャンパンの小さな泡をキラキラと映し出す。
心地よいバイオリンの生演奏に耳を傾けていると、不意に声をかけられた。
「詩季、お前も来てたのか。久しぶりだな」
聞き覚えのある声に振り向くと、俳優の白鳥隼人さんの姿。
「隼人さん…お久しぶりです」
以前、映画の撮影で一緒になって以来、1年半ぶりだろうか。
国外でも俳優として活躍する彼は、1年の大半を今はアメリカで過ごしているらしい。
「お前も頑張ってるらしいじゃねーか」
「ふふ…ありがとうございます。でも、隼人さんには敵いません」
わたしの言葉に、彼はフンと鼻を鳴らして笑った。
「あれから1年半か…」
ぽつりとつぶやく彼の言葉には、懐かしむような切なさが含まれている。
切ないほどに大切な思い出が一瞬、さあっと吹き抜ける風のように、胸の中を駆け巡って行った気がして。
何となくそっと視線を窓の外へ向けると、ふわりと白い綿毛が空を舞っていた。
「あ…雪…」
そう口にした時。
窓ガラス越しに、映る人の姿。
ふと振り返ったわたしに、彼がふっと優しく微笑んでくれる。
”ありがとう”
小さく動いた口元が、そう言っている気がした。
「一磨さん…」
こぼれ落ちたつぶやきは、次の瞬間。
小さな悲鳴にかき消された。
「きゃっ…」
突然、背後から誰かが肩にぶつかって、咄嗟に体を支えようとテーブルに手をついた時。
「…っ!」
右足に鋭い痛みが走って、わたしはうずくまった。
「おい、詩季。大丈夫か?」
隣にいた隼人さんが、わたしを支えようとするより、一瞬早く。
「詩季ちゃん!」
駆け寄ってわたしの腰を引き寄せたのは、一磨さんだった。
「詩季、ごめん」
わたしの様子を見た彼は、耳元でそっとささやいた後。
気がついた時には、わたしは横抱きにかかえ上げられていた。
「か、一磨さん…」
「すみません。通してください」
一斉に辺りにいた人たちがこちらを振り返る。
あまりの恥ずかしさに足の痛みを忘れるくらいで。
「やるじゃねーか…一磨のやつ」
そんな隼人さんのつぶやきも、耳に入らなかった。
「…前にも、こんなことがあったよね」
Waveのみんなにと用意された部屋で、応急処置を終えた一磨さんは口を開いた。
「…うん…」
一緒に立った舞台。
その直前でわたしは足を捻挫してしまい、こうして彼に応急処置をしてもらった。
「しばらくここで休もうか」
「うん…ありがとう。そうするね。一磨さんは戻って」
そう言ったわたしの脇に腰をかける彼。
「いや…俺も一緒にいるよ」
「え…?」
思わず顔を上げると、彼の穏やかなまなざしに見つめられる。
「このドレス…やっぱり詩季に似合ってる。ありがとう…着てきてくれて」
そう、この日着てきた白いドレスは、以前彼から贈られたものだった。
長い指の背で、すっと頬を撫でられて。
その黒い瞳に吸い込まれそうで、視線を逸らせない。
ゆっくりと近づいてくる彼の顔。
自然と目を閉じると、唇にやわらかく温かいものが触れる。
「…ん…っ」
頬を撫でた指が、つうっと首から肩を伝って、背中へ伸びていく。
その感覚に、思わず体が震えた。
「あ…」
「っ…そんな声出されたら…歯止めが効かなくなるから…」
目を開けると、視界の端に、白い綿雪の舞う夜空が映っていた。
―End.
2012.12.20
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その後談(R18)