菊原千尋/ルムカレ

細く、長い指先が、時に繊細に、時に激しく、鍵を打つ。

向ヶ丘芸術大学恒例のクリスマスコンサート後のパーティー会場。

”キミも来ないか?”そう千尋に誘われて、わたしはやって来た。

以前、彼が贈ってくれたドレスを身につけて。

「…あ…」

ゆるやかなメロディに聴き入っていたわたしは、何となく視線を感じて顔を上げた。

目が合った瞬間、ふっと和らいだ視線。

優しく、でも強い眼差しに、捕らえられたようで。

ドキンと胸が大きく揺れる。

「千尋…」

彼に届くわけもないのに、ぽつりとこぼれた言葉は、伝わったらしい。

クスッと小さく笑った彼は、そっと何かを口にして、視線をバルコニーへ向けた。

”待っていて”

遠く、淡く、夜空に浮かぶ半月を見上げて。

少し火照った頬を撫でる風が心地よい。

手にしたシャンパングラスに星の光が反射している。

「あっ…」

突然、さあっと吹き降ろした風に、羽織っていたショールがさらわれた。

小さく声を上げて振り返ったそこには。

「千尋…」

「…なぜ…そのドレスを…?」

手にしたショールをふわりと掛けてくれる指先が、すっと肩を撫でる。

ここに来る前、彼は知り合いのドレスショップを紹介してくれていたのだ。

どれでも好きなものを選んで良いから、と。

「わたしにはこのドレスが…千尋が選んでくれたものだから…」

間近にある瞳がやけに色っぽくて、ほんの少し意地悪で。

速まる鼓動を抑えられない。

「…まったく…そんなに俺を喜ばせて…どうしたいの?」

ふっと息を吐いて、ぐっと迫った唇が、わたしの耳をなぞるように囁いた。

「っ…千尋…あの…」

「ねえ…詩季…」

焦らすように、まるでわたしの反応を楽しんでいるように。

触れそうで触れない唇が、うなじを伝い、鎖骨を伝い。

肌に感じる吐息に、思わず体が震えてしまう。

「…っ!」

胸元まで下りた唇が、ちゅっと音を立ててそこを吸い上げた。

思わず彼の頭を掻き抱く。

「ん…っあ…千尋…ここじゃ…」

胸元をくすぐる柔らかな髪がくすぐったい。

お酒で火照っていた体が、彼の与える刺激でさらに高まって、抑えられそうにない。

「それなら…他の場所なら良いの?」

「っ…」

思わず、自分の発した言葉の大胆さに気づいて、言葉を飲んだ。

「詩季…おいで。キミが望むままに、離さない…夜が明けるまで、ずっと…」


―End.

2012.12.19



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