「…よしよし。ちゃんとセクシーな格好して来たな」
クロークにコートを預けたわたしの姿を見て、泪さんは満足そうに鼻を鳴らした。
「そう言う泪さんは何でいつものスーツなんですか…」
見慣れたスーツにネクタイ。
家に帰った形跡すらない彼の姿。
「フン…これで十分だろ。来てやっただけでも有り難く思え」
「う…確かに…」
クリスマスのこんな時間にパーティーなんて、浮かれてんじゃねえ。
なんて、絶対に破り捨てると思っていた招待状。
きっとギリギリまで仕事をしていたに違いない。
わたし自身、ほんの3時間前までパトロールに出ていたところだったのだから。
「でも、嬉しい…泪さん、来ないと思ってたから…」
思わずその腕に手を絡ませる。
そんなわたしに彼は諦めたようにこう言った。
「…お前一人でなんて行かせられるか」
その目元が、かすかに赤く染まっている。
「泪さん…」
わたしの恋人は、つくづくアメとムチの使い分けが上手いと思う。
その一言だけで、わたしには何よりのクリスマスプレゼントだって。
きっとあなたは知ってるんだろうな。
「おやおや、穂積はいつからバイになったんだろう…?」
突然、背後からかけられた言葉。
からかい混じりの声に、泪さんの腕がピクリと動く。
「…小野瀬、貴様スカイツリーから突き落とされたいか?」
ニコリと極上の笑顔で振り向いた彼。
その姿を見て、わずかに目を見開いた後、小野瀬さんはふっと目元を緩めた。
「いや…穂積に殺されそうだから、俺は失礼するよ。柊木さん、とても綺麗だよ…今夜は穂積に沢山甘やかしてもらって」
「…っ!」
意味深な言葉と笑みを残して、じゃあと言って小野瀬さんは背を向けた。
「…詩季、お前今、エロいこと妄想しただろう」
思わず真っ赤になったわたしを、泪さんが見逃すわけがない。
背後から耳元にささやく意地悪で低く、甘い声。
「る、泪さん…」
ゾクッと背筋が震えて、声がうわずってしまう。
「っ…お前、そういう声、出すな」
「え…?」
振り向いた瞬間、バサッと何かが目の前に飛んで来た。
「帰るぞ」
「えっ?」
彼が投げたのは、わたしのコート。
「ったくあの野郎…俺の先を越すとは…」
踵を返した彼が、わたしにだけ聞こえる声で、低くつぶやいた。
「予定変更だ。今夜は特別にお前をたっぷり甘やかしてやる」
「そ、それって…」
言葉の意味を察して、火照った頬が更に真っ赤になったのが、自分でも分かる。
「…覚悟しておけ、詩季」
それはまるで、悪魔のささやきのようだった。
―End.
2012.12.18