雪代徹也/ハネムーン

「…Mon nom est Testuya Yukishiro. C'est ma femme.」

かすかな笑みを浮かべて、徹也くんが何か言葉を交わして握手をする。

「Il est tres beau femme.」

恰幅の良い40〜50歳くらいだろうか、男性が穏やかな目をわたしに向けて、言葉を返した。

「…oui. Je vous remercie.」

ぽつりとつぶやいて、ほんの少し頬を染めた徹也くん。

その照れくさそうな、優しい眼差しがくすぐったい。

彼に誘われて、わたしはこの日、イギリス大使館主催のパーティーにやって来ていた。

大使館とはいえ、イギリス様式で建てられた建造物は、とても繊細で厳かで。

歴史が好きな彼が心なしか楽しそうに見えるのは、気のせいなんかじゃないと思う。

普段、パーティーに自分から行こうなんて言わない彼が、来たがった理由が分かる気がする。

「ねえ、徹也くん…さっきの人、何て言ってたの?」

ひとしきり挨拶が終わって、わたしは気になっていたことを問いかけた。

「…可愛いって」

「え…?」

ふっと小さく微笑みを浮かべて、わたしへ右手を伸ばすと。

「可愛らしい奥さん、これはもうおしまい」

「あ…」

手にしていたワイングラスを取り上げられた。

可愛らしい奥さん、って。

奥さん、という響きが何だかくすぐったい。

その時、タイミングを見計らったかのように、バイオリンの演奏が始まった。

ゆるやかな音色に合わせ、手を取り合って踊る人たち。

「…詩季」

うっとりと耳を傾けていたわたしの目の前に、差し出された手。

見上げると徹也くんが、困ったような表情で言った。

「アンタといると、初めて経験することがたくさんで…俺自身、どうしていいか分からない時がある」

「徹也くん…」

「でも…アンタといると楽しいし、幸せでいられる」

そっと重ねたわたしの手を、きゅっと優しく引いて、ふたりの距離が短くなる。

「ねえ…詩季のこと、もっと知りたい」

「…え?」

「奥さん、今夜は寝かせないけど…いい?」


―End.

2012.12.18



* #

BACK/32/132
- ナノ -