バタンと、車のドアが閉まり、エンジン音が響き渡る。
「…じゃあ、またな。菊乃、伊吹をよろしく頼む」
「はい。流輝坊ちゃま、あまり無理なさらないでくださいね」
「お兄ちゃん、詩季さん、ありがとう」
短いやり取りが交わされて、車は発進した。
サイドミラーに映る柳瀬家が、少しずつ小さくなっていって。
その姿が消えた時、ハンドルを握る流輝さんが、ふっと息をついた。
「…今日は、ありがとな。付き合ってくれて」
「ううん。わたしも楽しかったし」
すっと伸びてきた手が、膝の上にあったわたしの手を握る。
あれから、お父さんの事件の処理に追われて、ずっと忙しく動き回っていた流輝さん。
今日もその話のために実家に立ち寄って。
わたしはその間、伊吹ちゃんと約束していた振袖のカタログを一緒に眺めていたのだ。
「伊吹、喜んでただろ…」
「…うん。夢だったんだもんね、振袖を着るの…」
「まあな。それもあるけど…お前に会えるのを楽しみにしてたらしいから」
「…そっか。ふふっ」
流輝さんの言葉に、なんだか少しくすぐったくなって。
「彼氏の妹の世話焼いて喜ぶやつなんて、お前くらいなもんだよ」
笑ったわたしを横に、前を真っ直ぐに見つめる彼の眼差しはとても柔らかかった。
二十歳までは生きられないと言われていた伊吹ちゃん。
成人式に振袖を着ること。
今はもう、夢なんかじゃない。
「流輝さん」
「ん?」
「…良かったね」
キュッと重なった手を握り返すと。
ふっと笑って、流輝さんもまた握り返してくれる。
「…そうだな」