「…詩季様は料理がお得意なのですね」
バスケットいっぱいのサンドイッチがきれいになくなって。
今度はジャンさんが淹れて来てくれたという紅茶を飲んでいると。
湖を眺めていた彼が視線を下ろしてわたしを見つめる。
「ジョシュア様にも召し上がって頂きたいくらいです」
穏やかで、この温かい紅茶みたいに、ほっと安らぎをくれる笑顔で。
「そんなこと…でも、喜んでもらえたなら、良かったです」
「お優しい詩季様に、私はいつも甘えてしまっていますね…」
「ジャンさん…」
彼はいつも、わたしに対しても執事の姿勢を崩さない。
王族でも何でもなくて、ただ偶然にノーブル様と知り合っただけの一般人なのに。
わたしの方が、こんなに丁寧にしてもらって良いのか、心配になってしまうくらいに。
「お礼になるか分かりませんが…お見せしたいものがあるのです」
「見せたいもの、ですか…?」
「はい。どうぞ、こちらへ…」
スッと、ごく自然に差し出された手に促されて、緑の小道を進んで行く。
「わあ…」
やがてふたりの足が止まって、目に映る光景に思わずため息が漏れた。
辺り一面に咲き乱れる、小さな白い花。
「…ネリネと言う花です。ギリシャ神話に登場する、海の神・ネレイデスから付けられた名前だそうですよ」
「ネリネ…」
風に揺れる木の葉の隙間からこぼれる光が、白い花をキラキラと、まるで宝石のように輝かせる。
「太陽の光を浴びて輝くことから、別名、ダイヤモンドリリーとも呼ばれます」
わたしの感じたことが伝わったかのように、付け加えられた言葉。
それが何だかとても嬉しくて。
スッとしゃがみ込んだ彼が、1本の花をそっと手折って、わたしに差し出した。
「…花言葉は”また会う日を楽しみに”…また、こうして会って頂けますか?」
「…ふふっ。もちろんです。またひとつ、思い出が出来ましたから」
―End.
2012.11.22