緩やかな坂を下りて、木洩れ日の中に静かに停まった車。
コロンと可愛らしい形をしたそれは、女性向けに開発されたばかりの新車種だ。
「…わぁ、キレイ…」
パタンと車のドアを閉めて降り立ったわたしは、目の前に広がる景色に目を細める。
「気に入っていただけましたか?お疲れでしょうから、ここで少し休みませんか?」
背後から優しく労るように声を掛けられて、振り向くと。
「ジャンさん…」
丁寧な物腰と穏やかな微笑みを浮かべる、彼。
ドレスヴァン王国、ジョシュア王子に仕える執事、ジャンさんの姿がある。
車産業が盛んなドレスヴァン王国。
その新車種の試乗をお願いできないかと、彼から連絡があったのは5日ほど前のことだった。
朝早く、出発したこの車のナビには既に行き先が打ち込んであって。
たどり着いた場所は、森の中の小さな湖のほとり。
「…あ、わたし、サンドイッチを作って来たんです。一緒に食べませんか?」
「サンドイッチですか?」
ほんの少し、驚いたように目を見開いて、彼はそう言った。
「ええ。お腹も空いて来ましたし…キレイな湖を眺めながら、ピクニックなんてどうでしょう」
車の後部座席からバスケットを取り出して、わたしはひとつ提案する。
それが、執事である彼への一番良い接し方だと学んだから。
「…では、喜んで詩季様のお言葉に甘えさせていただきます」
ふわりと柔らかな笑みを浮かべて、彼はそう答えた。