トン、トン、トン、トン……
どこか遠くから、優しく耳に響く音。
「……ん……」
ふわっと意識が浮上してくるのと同時に。
聞こえて来たのは、柔らかな声が口ずさむあの曲。
ゆっくりと瞼を開けると、テーブルに置かれた本が視界に映る。
丁寧に栞の挟まれたそれは。
さっきまでこのソファに座って読んでいたはずのものだった。
手元に視線を落とすと、本の代わりにブランケットが掛けられている。
「…………」
キッチンの方から聞こえてくる小さな歌声に、フッと笑みをこぼして。
俺はゆっくりと立ち上がった。
思えば、こうして誰かを部屋に上げることも。
こうして仕事に前向きに取り組めるようになったのも。
誰かと一緒にいたいと思ったのも。
君と出会ったから。
全ては君だったから。
初めての感情も、想いも。
そして、この温もりも。
「わっ……義人くん?」
「……この月の光に照らされながら、愛の糸を手繰り寄せてゆく……」
気がついた時には、手が先に動いていた。
驚いて振り返ろうとする彼女の肩に顔を埋めて。
彼女の途切れた歌声を繋いでいく。
言葉で気持ちを伝えることも。
君を喜ばせてあげられるようなことも。
俺にはうまく出来ないけれど。
君を誰よりも大切にしたい。
君以外、何もいらない。
望まないから。
「……二度とその手を離さぬようにと、君に誓うよ……」
言葉よりもそっと、君を抱きしめて。
――End.
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