静かに月の明かりが優しく包む、夜の公園で。
わたしは一人、風に身を委ねて目を閉じた。
6月の空気は夏の匂いがして。
昼間の暑さから一転、ひんやりとした風が肌をかすめて、心地よい。
タッ、タッ、タッ。
背後から近づいてくる足音に、自然と笑みがこぼれて。
「お帰り。義人くん」
「詩季ちゃん。お待たせ」
ふわっと、背中から温もりに満たされた。
「よく分かったね……俺だって」
「うん」
振り向かなくても分かる。
あなたの足音も、声も、温もりも。
交わした言葉の数以上に、心が繋がっているって、信じてるから。
「引き止めたのは俺なのに、待たせてごめんね」
気遣うような声が降って来て、わたしはふっと笑った。
「ううん。嬉しかったよ?一緒に帰るの、久しぶりだもん」
仕事を終えて帰ろうとしていたわたしに、義人くんからのメールが入ったのは、30分ほど前のこと。
たった一言『一緒に帰ろう』と。
以前はよく使った、待ち合わせのこの公園も。
今はお互いに仕事が忙しく、車での移動ばかりになり。
足を踏み入れたのはどれくらいぶりだろう。
そっとわたしから腕を離した彼は、優しく手を握って言った。
「ちょっと、寄り道していい?」
「寄り道?」
「そう……行ってみたい所があって」
義人くんに連れられて来たのは、公園の裏手にある、小さな池。
暗闇の中を月の明かりを頼りにそっと進んで行く。
サワサワと揺れる草と、どこからか池に流れ込む水の音。
わたしたちの他には人影もない。
キュッと手に力を込めると、包み込むように触れていた彼の手にも力がこもり。
わたしの指に絡められる、長い指。
「……見て」
ポツリと囁いた彼の視線の先を追うと。
ふわりと何かが揺れた気がして、目を凝らす。
「……あ……」
一瞬、ドキンと震えた胸は、すぐにやわらかい光で包まれる。
「……蛍?」
わたしの言葉に、隣でフッと笑う気配がした。
それきり、辺りは静寂に飲まれる。
かすかに聞こえる、虫の声。
風と草が囁き合って。
繋がれたままの手から伝わって来る温もりと呼吸音。
わたしたちはしばらくの間、目の前に広がるその光景に見入っていた。