「あっ……きゃっ!」
「……おい!」
ヒロミちゃんの頼まれ事のプリントを持って教室に戻る時だった。
抱えていたプリントで足元が見えず、階段を踏み外してしまった。
ガクンと、視界が揺れて、ガンッという振動と共に落ちていくのを感じて目をぎゅっとつぶる。
バサバサッ
抱えていたプリントが音を立てて辺りに散らばる。
床がゆっくりとスローモーションのように近づいて来るのと同時に、誰かに腕を引っ張られた。
覚悟していた身体の衝撃はいつまでも伝わって来ず。
代わりに、何かに包まれている温もりを感じる。
一瞬、真っ白になった視界が戻って来ると、私を支える腕の主と目が合う。
(……えっ……?)
「……何をやっている」
(幸人先輩……?)
至近距離で鋭い視線を向けるその表情。
ふと気づくと、踊り場で私は幸人先輩に包まれるように抱きしめられていた。
鼓動が激しく打ちつける。
慌てて身体を離そうとした私を、幸人先輩は低い声で制した。
「ちょっと待て……足は大丈夫なのか」
「えっ……あの……あっ、つっ!」
ズキッと左足に痛みが走り、思わず顔をしかめる。
階段から落ちる時に、ひねってしまったのだろうか。
「まったく……手のかかる女だな」
「す、すみません……」
「いいから下手に動くな」
謝る私をそのままの体勢でじっと見つめてくる幸人先輩。
射るような視線から、目を逸らすことができない。
耳の奥でこだまする自分の心臓の音が、やけにうるさく響く。
怖いと思っていたはずなのに、なぜだろう。
怖く、ない。