ガコン。
自動販売機から紅茶の缶が落ちる音が辺りに響く。
(はぁ…緊張する…)
落ち着かない鼓動を持て余しながら、わたしは缶を取り出すために屈もうとした。
「…ほい」
手を伸ばそうとしたその時。
目の前に差し出された紅茶缶の乗った手。
視線を上げると、そこにあったのは、大好きな笑顔だった。
「佐藤さん…」
「紡はホンマ、変わらんなぁ…」
そう言って、スッと目を細めると、彼は優しく微笑みを浮かべながら、わたしの頭をそっと撫でてくれる。
「緊張しとるんやろ…」
受け取った紅茶の缶を、緊張に冷たくなった指先に当てると、じわりと温もりが広がっていく。
今日は音楽番組で、新曲を初披露する。
今、目の前にいる佐藤さんにスカウトされてトロイメライの一員になってから、もう随分経つ。
けれど未だに、新曲を初披露する時だけはどうしても緊張を拭えない。
(ガクも言ってたけど…もっとしっかりしなくちゃ…プロなんだし)
手にした缶を見つめながら、無意識に手に力を込める。
そんなわたしの肩を、ふわりと大きな温かい腕が引き寄せた。
「紡は紡でええんやで。ガクが言うてることも分かる…せやけど、紡は紡のまんまでええねん。ファンも、俺も、そう思うてる」
「堅司…さん…」
顔を上げると、かすかに頬を染めた彼の優しいまなざしに出会う。
「それにな…こうやって…堅司さんのおまじない、出来んようになってまうやろ…」
ゆっくりと近づいて来た顔が、吐息が混ざる距離で止まって、フッと笑う気配がした。
(堅司さん…ありがとう…)
唇から伝わる彼の温もりが、強ばっていた身体に広がり、緊張を解してくれる。
本番前の、ふたりだけの秘密のおまじない。
2時間後。
無事に番組の収録を終え、わたしたちは控え室へと向かっていた。
「紡ちゃん、今日も絶好調だったねー♪」
「…ん。猫の紡、可愛かった」
ようやく肩の荷が下りてホッと息をつくわたしに、カイとルカが笑顔を向けてくれる。
「ね、猫…?」
「白猫…その、フワフワ…しっぽ?」
彼の視線は、わたしが身につけていたファーのロングマフラーに注がれている。
「ちょっと、ルカちーん!紡ちゃんを抱きしめて寝たいとか言うのナシよ!それにこれは、天使!紡ちゃんは俺の天使なのっ」
そんな賑やかなやり取りを聞いている間に控え室の前に到着し、先を歩いていたガクが足を止めた。
「んじゃ、お前も早く着替えろよ」
ガクに続いて、ルカとカイも室内へと消えて行く。
「紡。今日は佐藤さんに送って貰えるのか?」
ポンと大きな手が頭を叩いて、ドアノブに手をかけたリュウが尋ねた。
「あ…うん。今日は大丈夫だって」
「そうか。じゃあ、心配ないな」
フッと優しい微笑みを浮かべたリュウは、「じゃあ」と言って扉を開けた。