「……紡」
コポコポと、コーヒーが色違いのマグカップに注がれ。
部屋中に香りが広がる。
背後から声がかけられて、わたしはやかんを置いた。
(あ……)
わたしが振り返るより一瞬だけ早く、長い腕が背中からわたしを包み込む。
「……先、生……?」
突然触れた温もりに、わたしの心は大きな音を立てた。
掠れた声がわたしの唇からこぼれる。
「……違う」
わたしの言葉に、彼は間髪入れずに耳元でささやく。
「ここは学校か?」
「あ……」
耳をなでる吐息混じりの低い声。
ゾクリと背中が震えて、わたしは無意識に腰に回された彼の腕に触れる。
「真也……さん……」
「紡……」
グイッと腰が引き寄せられ、同時に身体を反転させられる。
(んっ……)
やわらかく熱い感触が唇に触れ。
驚くほど強い力で、背中を抱きしめる腕。
熱い吐息が唇の隙間から漏れて。
心の準備も整わないままに奪われた唇に、心臓が激しく脈を打ち付ける。
「はぁっ」
呼吸が苦しくなったわたしがもがくと、ようやく唇が離された。
「真也、さん……?」
途切れ途切れに彼の名前を呼ぶと、その顔が苦しげに歪められる。
「悪い……」
それきり口をつぐんでしまった彼の胸に、わたしは手を伸ばす。
「真也さん……」
そう呼べるこの時間が愛しくて。
今、この時だけでいい。
目の前にある壁を越えたいと強く願う。
そっと胸元に頬を寄せると、トクントクンと彼の鼓動が聞こえてくる。
躊躇うようにわたしの背中に触れた手は、やがてやわらかくわたしを包み込んでくれた。
「好きだ」
飾り気のない、まっすぐな言葉。
胸がふわりと温かくなる。
「わたしも……真也さんが好き」
「紡」
わたしの言葉に彼はフッと優しい微笑みを浮かべた。
今度はゆっくりと、優しく口付けが降りてくる。
熱い腕がわたしの背中と腰を抱いて。
離れては重なる唇。
わたしは彼の首に腕を回して、求められるままに応えていく。
甘くて、優しくて、熱くて。
わたしたちを縛るものはここにはない。
「紡……愛してる」
崩れ落ちそうになったわたしを、力強い腕が支えてくれる。
熱い吐息が肌をなで、低く掠れる声が耳にこだました。
「……真也さん……」
感じていた心の距離が、一歩ずつ近づいていく。
「寂しい思いさせてすまん……もう、我慢しねぇ……」
――End.