「……ごめんな」
「……先生……?」
目の前にあった顔が近づき、ギュッと強く抱きしめられる。
「先生……じゃなくなるまで……あと2年、か」
切ない声の響きに、ぎゅうっと胸が掴まれる。
それはいつもわたしの胸の奥に引っかかっているもの。
高野先生と一緒にいられるだけで幸せなのは、嘘なんかじゃない。
だけど、それが切なくて仕方がない。
だってわたしは、彼女である前に生徒だから。
「紡……俺はお前がいてくれて……幸せなんだ。けどお前には我慢させてるかもしれねえ……」
抱きしめられた背中が痛いくらいで、わたしは小さく首を横に振る。
だってこの胸の中にある、切ない気持ちは、先生のことが好きだから。
先生と一緒にいられる代わりにわたしが引き受けた想いだから。
「俺が教師じゃなかったら……お前が生徒じゃなかったら……」
そこまで続いた言葉はプツリと途切れた。
そして、ふいにゆるめられた腕がわたしの左手を取る。
「紡。好きだ」
まるでおまじないを唱えるように、ささやかれた言葉。
それと同時にわたしの左手の小指に、ひんやりと何かが触れる。
「……あ……」
指に小さく光るもの。
それはリボンのモチーフがついた、淡いピンクゴールドのピンキーリングだった。
「先生……」
左手の小指。
そこに指輪をはめると、幸せがずっと続くという。
ポトッ。
わたしの目から熱いものがこぼれ落ちる。
先生は穏やかなまなざしでわたしを見つめながら言った。
「この指輪、ずっとつけてろ。学校でも外すんじゃねえぞ」
「……は、い」
「約束、お前が卒業するまでちゃんと守れたら……幸せにしてやるから」
コクリと頷くのが精一杯で。
胸がいっぱいで。
「2年、待っとけ」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、少し赤く染まった頬とやわらかいまなざしがわたしを包んでくれる。
「紡……」
ゆっくりと近づいてきた高野先生の顔。
そっと瞼を閉じると、唇に温もりを感じる。
「真也、さん……」
約束の口づけは、少し胸が痛くて、でもとても甘い。
わたしたちは海にきらめく夕陽を浴びながら、いつまでも抱きしめあっていた。
2年後。
わたしが高校を卒業する時に思いを馳せながら。
――End.