みんなと別れて、わたしは自分の控え室へと向かう。

(あ…)

その時、前方から共演者のJADEのボーカル、神堂さんとギターの夏輝さんが歩いて来るのが見えた。

彼らもトロイメライと同じく、世界を舞台に活躍するロックバンドだ。

「あ…紡ちゃん。お疲れさま」

真っ先にわたしに気づいて声をかけてくれたのは、夏輝さん。

「お疲れさまです。今日はありがとうございました」

わたしは少し緊張しながら、会釈を返す。

「トロイメライの生演奏を聴くの、初めてだったけど、すごく刺激になったよ。な…春」

優しい笑顔でそう言った夏輝さんは、隣に立つ神堂さんに視線を向ける。

「…ああ」

無表情のまま、神堂さんは視線だけをわたしに向けて、短い相づちを打った。

わたしを見つめるその瞳が、かすかに細められ、口元が緩んだ気がする。

「君の声は…良い」

「えっ…」

ゆっくりと伸ばされた長い指がわたしの顎に触れて、切れ長の瞳が覗き込む。

「その瞳も…」

射抜くように鋭く、でも艶を帯びたそのまなざしと声。

彼の指が離れ、その足音が廊下の向こうへ消えて行くまで、わたしは動くことが出来なかった。


「あれ…?紡ちゃん、今日はホンマにお疲れさん」

どれくらいそこに立っていたのか、聞き慣れたようでどこか違う関西弁が聞こえて来て、わたしは我に返った。

振り向くと、今日の歌番組の司会を務めた宇治抹茶のふたりの姿。

「あ…お疲れさまです。今日はありがとうございました」

慌てて頭を下げると、一条さんがニコニコと笑顔でわたしの前に立ち止まる。

「やっぱり紡ちゃん、本物の方がべっぴんさんやなぁ…歌もめっちゃ上手いし…」

そう言いながら、一条さんはわたしに顔を近づけてくる。

「あ、あの…一条さん…」

神堂さんと言い、一条さんと言い、さっきからわたしはドキドキしっぱなしだ。

「イヤやなぁ、紡ちゃん。一条さんなんて他人行儀な…慎之介さんでええよ」

「え…でも…」

一条さんの言葉に戸惑いを隠せないでいると、それまで黙っていた松田さんが口を開いた。

「おい、慎…ちょっと離れたり…」

そう言って一条さんの肩を松田さんが引き剥がすのと同時に。

グイッ。

「きゃっ」

わたしの肩を背後から伸びて来た腕が引き寄せた。

「あー、紡。ここにおったんか。楽屋におらへんから心配しとってん」

「け…佐藤さん」

「堅司さん」と言いかけて、慌てて言い直すと、彼はわたしにだけ聞こえる声でこっそり耳打ちする。

「ギリギリセーフやったか?」

走って来てくれたのか、少し息が切れている。

「やー、宇治抹茶さんにはホンマ今日はお世話になりました」

さりげなくわたしを背中に隠しながら、ニカッと笑って佐藤さんは宇治抹茶のふたりに頭を下げる。

「あー、いえいえ…俺らこそ、実はめっちゃファンやって。ホンマ、紡ちゃんの生の歌声が聞けて感動したんですわ」

佐藤さんと一条さんのそつのない会話を聞きながら、わたしはどこかハラハラしていた。

2、3言葉を交わすと、佐藤さんはおもむろに腕時計を見て慌てたようにこう言った。

「うわっ!もうこんなに時間経ってしもた。これから次の仕事がありますんで、失礼しますー」

佐藤さんは頭を掻きながら会釈をして、わたしの背中を促す。

そのまま彼に連れられるまま、まっすぐにわたしたちは控え室へと駆け込んだ。

「あ…あの…佐藤さん…?今日、他に仕事って…」

パタンと扉が閉まる音が室内に響くと、彼は深いため息を吐き出した。

「ああでも言わんと、逃れられへんかったんや…」

「佐藤さん…」

「…今は、堅司さんやで」

目の前の堅司さんの顔が切なげに揺れるのが分かる。

「ホンマ…俺は独占欲が強いんやなぁ…」

「え?」

ふわりとやわらかな温もりがわたしを包んだかと思うと、息も出来ないほどの強さで抱きしめられた。

「紡のことになると、心配でしょうがあらへんのや…余裕もない…さっきも、お前が言い寄られてる思たら…」

「堅司さん…」

顔を上げると、眼鏡の奥の瞳がスッと細められ、ゆっくりと近づいてくる。

「今日は…俺だけのお姫様でいてくれへんか」

――End.




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