19-6 「……何、しているんだ?」 眉間にシワを寄せて、変なものでも見るような目で私たちを山田さんが見ていた。 「何よ、うらやましいんでしょ?いいわよ、変わってあげようか?」 「結構だ。準備が出来たなら、行くぞ……」 「はい……」 (……笑顔で、やりきってみせなくちゃ……) 「モモちゃん、ありがとう。頑張ってくるね!」 私は、満面の笑みを浮かべて事務所を飛び出していったのだった。 「体調は万全か?」 「はい、寝すぎってくらいに寝れたので元気いっぱいです」 笑って答えると、山田さんの表情が暗くなった。 「……すまない。マネージャーとして、お前の仕事を守ってやれなくて……」 (山田さん……) 「……いえ。この休みのおかげで、たくさんの人に支えられてるって、改めて分かったので、いい機会だったと思ってます」 (しばらく、自分の気持ちばっかりになっていたけど……) 「私、やっぱりこの仕事が大好きです。だから、簡単じゃないかもしれないけど……」 休みの間、色々なことを考えて、悩んだ。 そんな中、本当に仕事が好きだって、気付くことが出来た……。 (きっと、時間が解決してくれるから……) 「私、また前みたいに頑張りたいです……」 「……分かった。お前がそう言うなら、俺はマネージャーとして、しっかりバックアップしていくつもりだ。……今日も、頑張ってこい」 そう言って、山田さんは微かに笑顔を見せて、頷いてくれた……。
19-7 舞台では、完成したばかりの映画が上映されている。 上映が終わり次第、キャストの記者会見が行われることになっていた。 「おはようございます、本日もよろしくお願いします」 舞台袖には、監督とWaveのみんなが揃っていた。 (何か、すっごく懐かしい感じがするな……) 久しぶりに会う顔に、緊張で鼓動が速くなっていく。 少し離れたところで、スタッフさんと話す一磨さんを見つけて、鼓動は更に高鳴った。 「来るの遅かったねー」 「別の仕事から来たんでしょ?」 「えっと、まあ……そんな感じ」 「控え室に来ないから、変だとは思ってたんだよね」 「ごめんね、時間ギリギリに劇場来て……」 実際は、控え室に行く時間もあったし、早くから劇場入りも出来た。 だけど、前日の段階でWaveの事務所から『仕事以外で接触しないように』との指示があったらしい。 (ちゃんと守れば、仕事も元に戻れるかもしれないから……) 今は我慢するしかない、と、唇を噛みそうになるけど、メイクをしているから、それも出来ない。 (メイクは心のバリアーで……笑顔は一番の武器、だよね) モモちゃんの言葉を思い出して、笑顔でみんなを見る。
19-8 「とにかく、今日の記者会見もお願いします」 「うん!」 「かわいい詩季ちゃんの頼みなら、いつでも大歓迎」 「出たよ、京介の口説きモード……ま、いつもどおり楽しくやろ?」 「……よろしく」 と、そこにスタッフさんと話をしていた一磨さんが戻ってきた。 一瞬だけ、私に気付いて微かに驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻す。 「登場順が変更だって……義人、俺、詩季ちゃん、亮太、翔、最後に監督の順。上映後だから、その方が良いだろうってことで……」 一磨さんの言葉に、言われた登場順に舞台袖で待機する。 舞台からはラストシーンを上映しているのが聞こえてくる。 (そういえば、一磨さんに会うのは、あの日以来だ……) 私は、チラリと隣に立つ一磨さんを見た。 (え……?) すると、一磨さんも私をじっと見ていて、ばちっと目が合った。 (一磨さん……?) 見つめてくる目が、何か言いたげに見えた。 「………」 何かを言いたげな目線が気になりながらも、私は何も言わなかった。 (……今、一磨さんと話したら、気持ちが揺らぎそう……) 仕事もちゃんと頑張らなくちゃいけない、そう思ったばかりだから。 (それに、私は待つ、って決めたんだから……私からは何か言うべきじゃないよね?) だけど、その代わりとでもいうかのように一磨さんが口を開いた。 「詩季ちゃん……」 その瞬間、スタンバイを促すスタッフさんの声が聞こえた。 「そろそろ、登場お願いします。司会の呼びかけで入って下さい……」 スタッフさんの言葉に、一磨さんと話すタイミングをなくして、たくさんのマスコミや、抽選で招待されたファンの人が待つ舞台へと歩き始めた……。
19-9 完成披露試写会の記者会見は、順調に進んでいた。 (だいたい、想像してた質問ばっかりだったし……) このまま、何の問題もなく終わりそうだと、密かに胸を撫で下ろしたところで、カメラが私と一磨さんを捕らえた。 「本多さんと、柊木さんにお伺いします。お2人はミュージカル以来、ラブシーンには定評がありますけど……今回はどうでしたか?」 質問を聞いた瞬間、夕陽をバックにしたキスシーンを思い出して、動揺した。 一瞬で、心臓が高鳴る……。 (どうしよう、ちゃんと答えないと……) 「そ、それは……」 混乱しそうになる頭で、慌てて口を開こうとすると、それを遮るようにして、一磨さんが話し始めた。 「一番印象に残っているのは、柊木さんとのラストシーンで……最高のラストシーンになったと思います」 「なるほど。それは……そのシーンに何か特別な思い入れがあるということでしょうか?」 「……はい。特別です。きっともう、あれ以上のシーンは撮れないと思います」 (か、一磨さん?) 一磨さんの発言に、マスコミも観客たちも一気にざわめいた。 「特別というのは、そのシーンのことですか?それとも……」 「……彼女が、俺にとって本当に特別な存在なんです」 「え……」 瞬間、一磨さんの意味深な発言に会場中のどよめきが広がった。 (な、何で、一磨さん……) 一磨さんの言葉に混乱して、私は凍りつく。 すると…… 「あーあ、ちゃんと打ち合わせ通りにしてよねリーダー。キャラのまま喋るなら、僕、頑張って腹黒の演技したのにさあ……」 私の右隣から、気が抜けるような明るい声で亮太くんが話に入ってきた。 「腹黒なら、まだマシだろ?俺なんて、モテて当たり前の嫌な奴だっての」 「何だよ、京介はそのまんまじゃん!」 すかさず、メンバーがフォローするように話をつなげていく。 みんなの言葉に、どよめきが消えていく。 「フィクションを本当に見せるのが、俺たちの仕事だから……」 フッと笑って、義人くんが会場を見回す。 途端にどよめいていた会場には、和やかな笑いが起こった。 「それでは、以上で記者会見を修了とさせて頂きます!」 うまくごまかせたのかどうかは怪しかったけれど、そこで会見は終わりとなった。
19-10 廊下に押しだされて、目の前で舞台と仕切っている扉が閉められた。 瞬間、翔くんは怒ったように一磨さんを見た。 「一磨……あんなこと言うなんて何、考えてるんだよ!」 「落ち着けって、翔。一磨だって、ちゃんと考えてるよ……」 翔くんや京介くんの言葉にも、何も返さずに一磨さんは黙りこんでいた。 (一磨さん、何で、あんなこと言ったの……?) 一磨さんの『特別』という言葉が、あの教会の記憶を呼び起こす。 「特別、だよ……」 (今度は、一磨さんにとって……どういう特別なの?) (信じて待ってて……って、このこと……?) この場で聞くことも出来なくて、ただ一磨さんを見つめていると、舞台袖のドアが勢いよく開いた。 「今の会見は何だ!?」 入ってきた途端に声を張り上げる人に、ビックリして振り返ると、Waveのマネージャーさんが立っていた。 「うげ、何で社長が……?」 亮太くんの目線を思わず追うと、マネージャーさんの隣に厳しい顔をした男の人が立っているのが見えた。 (社長って……Waveの事務所の、だよね……?ということは……) 圧力をかけて、私に仕事を出来なくさせた張本人かもしれない。 とっさに、視線を向けるとフッと鼻で笑われた。 「一磨、どういうつもりだ!」 一磨さんに詰め寄って、怒鳴るマネージャーさん。 「どういうつもりも何も、俺は素直な感想を言っただけです」 一磨さんは、マネージャーさんを鋭い眼差しで見た。 (一磨さん、何でそんな言い方……)
2011/04/06 16:09
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