19-11 「最初は、素直に引き下がろうと思いました。だけど、やっぱり自分の気持ちだけは無かったことになんて出来ません。脅しにも屈したくない……」 普段の一磨さんからは考えつかない、反抗的な態度……。 「そうやって、お前が勝手なことをすると……お前のせいで彼女の仕事が、今以上に減るが?」 冷たい表情を浮かべた社長の言葉に、私は息を飲んだ。 (やっぱり、この人が圧力を……) 「……っ!」 無意識に力が入って、理不尽な怒りに手が震える……。 一磨さんが私を見て、瞬間、顔色を悪くした。 「まさか、もう……」 呆然とつぶやいて、一磨さんは社長に向き直った。 「今すぐ、彼女の仕事に圧力をかけるのは止めてください」 「……それは、お前の行動次第だな。少なくとも、あのような発言をするものを信用は出来ない」 吐き捨てるような社長さんの言葉に、目を見開く一磨さん。 「そっちこそ……約束が違います!この2週間、彼女と何の接触もしていないし、話し合いにも応じてきた……それなのに」 「誰が、その間は行動を起こさないと約束した?」 食い下がる一磨さんの言葉を、社長は一蹴した。 「それに、お前が謹慎中に一度だけ外出したことも、既に把握している。バレていないとでも思ったのか?」 一磨さんは、グッと言葉につまる。 (謹慎……!?もしかして、私と最後に会ったとき……) 「そういうことだ。言ってみれば、お前の不用意な行動が今の状況を招いた……つまり、お前のせいなんだぞ?」 社長さんの言葉に続けて、マネージャーさんが責めるように言う。 「俺のせい……」 言葉を途切れさせて、私を見る一磨さんは顔面蒼白だった。 (違う……一磨さんは悪くない……) まったく口を挟める状況じゃなくて、私は唇を噛んだ。 他のみんなも、呆然とした表情で事態を見守るしかない様子で立ちつくしている。
19-12 「俺のせいだと言うなら、尚更、彼女は関係ないはずです……」 「事務所には、自社タレントを守る義務があると言っただろう?そのためなら、何でもすると言った言葉を忘れたのか?」 「だけど、こんなことは間違ってる……」 当事者であるはずの私を置き去りに、話は平行線のまま続いていく。 (……こんなの、ダメだよ……) 一磨さんと事務所の人たちが、揉めているのを見ていられない。 (山田さんも、森社長も、私のことを支えてくれてるから、私はやっていけてるのに……) なのに、今、一磨さんは、支えてくれるべき人たちと対立してしまっている。 (しかも、私のせいで……) これ以上、揉める姿を見るのに耐えきれなくなって、私は叫んだ。 「一磨さんとは、本当に何でもないんです!」 社長さんを真っ直ぐに見て、私は叫んだ。 「私と一磨さんには何も……。ただの誤解なんです。ご迷惑をおかけすることはありませんから、もうこんなことやめてください……お願いします」 (本当に、私と一磨さんの間には何もない……だから……) 私は社長さんに向かって、必死に頭を下げる。 「待って、詩季ちゃんが頭を下げる必要なんてない!頭をあげて……」 慌てたように一磨さんが駆け寄ってくるのがわかったけど、私は頭をあげなかった。 「……もう、限界だ……」 (え?) 一磨さんの低い声が聞こえてきて、私は慌てて頭をあげる。 すると、一磨さんが私の前にかばうように、社長たちと向き合っているところだった。 「これ以上、こういうことが続くなら……この事務所にいることはできません」 (えっ!?) 「なっ、お前……」 ギョッとした顔で絶句するマネージャーさん。 驚いているのはメンバーも、私も同じで呆然と一磨さんを見た。 「……本気か」 「はい……覚悟は、できています」 (そんな……) 「か、一磨さ……」 「行こう……これ以上、ここにいる理由はないから」 一磨さんは私の手を引いて、歩き出した……。 「一磨!」 マネージャーさんが呼ぶ声にも立ち止まらないで、一磨さんは私の手をぐいぐいと引いて歩いていく。 「待ちなさい!」 と、追い掛けてきたマネージャーさんが一磨さんの肩に手を置く。 瞬間、一磨さんはその手を振り払って、私をかばうように背中に隠した。 「彼女の仕事への圧力をやめない限り、話しあう気はありません……」 冷たい声でそう言うと、一磨さんはそのまま私の手を取って、走り出した。
19-13 大きな音を立てて、控え室の扉が閉まった。 「ごめん……」 苦しそうな顔で、一磨さんは謝って私の手を離した。 「突然、こんなことになって……本当にごめん」 「……私こそ、知らないうちに一磨さんに迷惑を掛けていたんですね……」 社長さんたちと、もめている時にそう感じた。 きっと、同じような話を前にもしている、そんな感じだった。 「違う。悪いのは、事務所の強硬手段に気付かなかった俺の方だ……」 ギュッと唇を噛んで、悔しそうに壁を殴る。 と、急に扉が開いて、複雑な顔をしたWaveのメンバーが控え室に入ってきた。 一番に入ってきた、亮太くんが一磨さんに詰め寄る。 「一磨、圧力ってどういうことだよ!?」 「……あの時言ってたこと……本気だったんだな」 (あの時って……やっぱり、前に……) 「あの時って何?俺らが知らないとこで、何があったんだよ?!」 義人くんの言葉に、亮太くんは一磨さんに掴みかかった。 京介くんが慌てて、亮太くんを一磨さんから引き離して、 「落ち着けって、まずは詳しい話を聞かなきゃ何も分からないだろ……」 京介くんに言われて、亮太くんは悔しそうな顔でソファーに腰掛ける。 私は何も言えずに、ただみんなの様子を見ていることしか出来ないでいた。 すると、おずおずと翔くんが私を伺うように見て、 「あのさ……今更、だけど……詩季ちゃんに久しぶりに会った気がしたのは、その、俺たちの事務所の圧力で仕事がなかったから、なの?」 (……もう、隠せないか……) 「……うん。映画がクランクアップしてすぐに……黙ってて、ごめんなさい」 私は、肩を落としてうつむいた。 「詩季ちゃんは悪くないだろ。原因は俺だ……俺の行動のせいで、事務所が圧力を掛けたから……」 「それは……私が誤解されるようなことをしたのも悪いんです。だから、今度はちゃんと本当に何もないんだってこと、説明してきますから……」 (これでいい……そうすれば、全部、丸く収まるはずだから……) 何も始まってないんだから、きっと終わらせるのは、もっと簡単だ。 みんなに頭を下げて、社長さんに話をしにいこうとした瞬間……。 「待って……」 一磨さんが、私の腕を掴んで、止めた。
19-14 「俺が……会見で言った言葉に嘘はないよ……」 真っ直ぐに切なそうな眼差しを向けられて、私の心が揺れる。 (一磨さん……) 「……でも……」 (それを認めたら、一磨さんはどうなるの……?) 『事務所にいることができない』その言葉が頭をよぎって、何も言えなくなる。 「えっと、ほら一磨、詩季ちゃんの言う通りかもよ?社長だって鬼じゃないんだからさ、ちゃんと説明したら分かってくれるって!」 引きつった笑顔で言った翔くんの頭を、京介くんがポカッと殴る。 「いって!」 「お前、ちょっとは空気読めよ……」 「何も殴らなくたっていいだろ!?Wave内で暴力禁止のルール、忘れたのかよ!?」 「そういえば、他にもWaveのルールってあったよねえ?」 「好きな子出来たら、紹介しろーとか?」 「え、そんなのあったっけ?」 「……ないでしょ。さらっとウソつくなよ」 呆れた眼差しを向ける亮太くんに、ニヤリと笑う京介くん。 一瞬でシリアスな雰囲気は壊れて、いつの間にか、いつものWaveの雰囲気に戻っていた。 「それで……どうするつもりだ」 義人くんが、静かに話を戻すと、一磨さんは目を伏せた。 「……皆には悪いけど、俺は、今回の件で事務所側に折れる気はない……」 「一磨さん、私は……」 私の言葉を、義人くんが首を横に振って止める。 「……分かった。ただ、一人で抱え込むな」 義人くんの言葉に、翔くんも、亮太くんも、京介くんも大きく頷いた。 「義人……みんな……」 驚いた表情になる一磨さんに、フッと亮太くんが笑顔を見せる。 「メンバーの誰かに問題が起きた時は、みんなで一緒に解決すること……ってルール。作った本人が忘れたワケじゃないよね?」 (一磨さんが……?) 「そんな昔のこと、覚えてない……」 照れたように顔を赤くして、それから一磨さんは私に向き直った。 「詩季ちゃん……仕事のことは、ちゃんと話をつけるから。だから、もう少しだけ待ってて?」 一磨さんが向けた真摯な眼差しに、私は素直にうなずいてしまった。 数日後、この時のことを後悔することになるなんて、知るよしもなく……
2011/04/07 16:09
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