news


20-6
「……あれ、亮太くん……?」
電話の相手は、亮太くんだった。
「もしもし、亮太くん……?」
おそるおそる電話に出ると、亮太くんはホッとしたように息をついた。
「よかった、連絡がついて……」
「え?」
「ちょーっと今、ただならぬ事態になってて……さ。言うか迷ったんだけど……」
(何だろう……すごく、嫌な予感がする……)
「う、うん……」
「一磨が……Waveを脱退する話が、本格的になったよ」
「え……?」
その言葉で、私は事態の展開を瞬間的に理解した。
(仕事が再開したのは、一磨さんが辞める意思が固くて……あの事務所が私に圧力どころじゃなくなった、から……?)
「もう動かせない仕事だけは、やる約束で……一磨、本気で事務所を辞める気みたい」
「そんな……」
「こんなこと、詩季ちゃんに言うのは間違ってるのは分かってる……でも……」
と、電話の向こうで亮太くんが、言いよどむ。
私はきゅっと唇を噛みしめると、亮太くんに言った。
「ううん、教えてくれてありがとう」
「詩季ちゃん……本当にごめん。俺たち、夜から一磨とメンバー全員で事務所で話し合いがあるんだ。だから……また、状況がわかったら教える」
「話し合い……って、その話し合いで一磨さんが辞めるかどうか決定するわけじゃないよね……?」
私がそう尋ねると、電話の向こうで亮太くんが息を呑むのがわかった。
(うそ……まさか、本当に!?)

20-7
「ねえ、その話し合いって何時から?」
「え?いや、京介と翔の仕事があがり次第だから……19時とかは過ぎる、かな?」
私は慌てて時計を見る。
(話し合いが始まるまでに、契約書を持っていけば……)
「……詩季ちゃん?」
「亮太くん……教えてくれてありがとう。私、ちょっと用事ができたから切るね」
「え、ちょっ……」
私が電話を切ると、モモちゃんが心配そうに私を見た。
「亮太くん、何て……?」
「一磨さん、Waveも事務所も辞める意思は変わらないって……今日、それが決定する話し合いが行われるって教えてくれた」
私がショックを受けたみたいに、モモちゃんも絶句した。
「……詩季ちゃんはどうするの?」
「……サインする。Waveには一磨さんが必要だと思うし、一磨さんにもWaveは必要だと思う。こんなことで、あんな素敵なみんなを二度と見られなくなるなんて嫌だから……話し合いが始まるまでに、一磨さんが辞める必要はないってこと、事務所に伝えなくちゃ」
私はカバンにしまっていた契約書を取り出して、サッとサインを書き込む。
「本当に、いいの?」
「うん……。今、何もしなくて後悔したくないから……いってきます」
契約書を握って、私は覚悟を決めて楽屋を出た……。
「もしもーし、詩季ちゃん?……切れたか」
ふう、とため息を吐くと、携帯のディスプレイを見つめる。
「なーんか……嫌な予感」
亮太は目の前のマンションを見上げた。
「一磨には、ちょっと急いでもらわないとかもね?」
そういうと、今度は別の番号へ電話をかけはじめた。

20-8
亮太がチャイムを押すと、慌しい足音とともに、勢いよくドアが開く。
「亮太?!」
開いたドアから、血相を変えた一磨が飛び出してきた。
「やほー、ま、ちょっと落ち着いてよ」
慌てる一磨の横をすり抜けて、亮太は勝手に玄関の中へ入っていく。
「ちゃんと説明しろよ!詩季ちゃんがうちの事務所に向かったって……どういうことだよ!?」
亮太を追いかけて肩をつかむ一磨。
「だーかーらー、『かもしれない』って言ったでしょ?俺も理由はわかんないんだけど、もしかして殴りこみにでも行っちゃったかなーって思って」
「殴りこみ、って……詩季ちゃんがそんなことするわけないだろ……」
一磨は弱りきったように、片手で顔を覆った。
「でも……俺らの話し合いが何時からか聞いてきたし、それまでに何とかしよう、って焦ってるかんじだった」
「何とかって……詩季ちゃんが行ったところで……」
一磨は、そこまで言ってハッとしたように亮太の顔を見る。
「もし、何とかなるような切り札、持たされちゃってたとしたら……どうする?ウチの社長がやりそうなことだよねえ……」
「……っ、それを早く言えっ!」
叫ぶようにそう言うと、一磨は家を飛び出した……。
契約書を抱えて、ゆっくりと廊下を歩いていく。
(後悔なんて、しない……)
私のせいで、あのWaveが壊れちゃうなんて絶対に嫌だ。
たとえ、もう二度と親しく話せないとしても……最良の選択は、きっと最初から決まってた……。
(一磨さん……こうなる前に、もっと色々と話せたら良かったな……)
そして、私は深呼吸をすると社長室の扉をノックした。

20-9
意を決して入った社長室には、この前と違って今日は社長さんの姿もあった。
「まさか、お嬢さんが直接来てくれるとはね……それで、今日は一体何の御用で?」
きっと全てを知った上で聞いてくる社長さんに、私は悔しくなる。
「お約束の契約書を、お持ちしました」
私が差し出すと、社長の隣に立っていたマネージャーさんが受け取った。
「……サインもありますね。ありがとうございます。これでWaveの障害もなくなりましたね」
ホッとした顔で、契約書に目を通すマネージャーさん。
その顔に、私は複雑な気持ちになった。
(私だって、Waveのジャマになるつもりなんてなかったのに……)
「今後、Waveと必要以上に関わりを持たないだけで、キミは今まで通りに仕事が出来る。お互いの理に叶った契約書だろう?」
氷のように冷たい眼差しで、社長さんに見られる。
どう答えればいいのか、分からなくて私は黙りこんだ。
「今後のために言っておこう。いくら頑張ったところで、キミのような弱小プロでは、たかが知れている。スキャンダルが起きてしまえばひとたまりもない。こうした確実な安全対策は、お嬢さんにとっても大切なことなんだよ」
拳をぎゅうっと握って、私は社長さんを見た。
「私、純粋にWaveが……皆さんが好きなんです。勘違いされてしまったのは残念だけど、Waveを脅かすようなことをするつもりは、最初からありません。だから……」
私が自分の気持ちを言っている途中、バタンと大きな音を立てて社長室の扉が開いた。
(一磨さん……!)
社長室に入ってきたのは、一磨さんだった。
「……やっぱり、そういう取引を持ちかけていたんですね……」
怒りを押し殺した表情で、一磨さんはマネージャーさんから契約書を奪う。
そして、そのまま破いてしまった。
(えっ……)
「一磨、お前っ」
「一磨さん?!」
「……言いましたよね?彼女は、何も悪くないって……」
一磨さんは、冷たい表情で、破いた契約書を床に捨てる。
「今回のことは、俺が詩季ちゃんを好きになってしまったことが原因なんです」
「え……?」
(いま、一磨さん……『好き』って……)
あまりのことに混乱して、頭が真っ白になる。
「それに、俺がWaveを辞めれば、詩季ちゃんが、こんなものを書く必要はない。そうですよね?」
一磨さんが、鋭い目線を社長さんに投げかける。
社長さんは何の返事もしないで、一磨さんを見返すだけ……。
(そんな……一磨さん、本気で……?)
「……とにかく、今度のコンサートを最後に、俺はWaveから脱退しますから」
「一磨さん!」
「……行こう」
(一磨さん、どうして……)
困惑する私の手を引いて、一磨さんは社長室を出た。

20-10
「一磨さん……」
私が呼びかけても、一磨さんは、それが聞こえてないみたいにどんどん歩いていく。
「一磨さん!」
もう一度、大きな声を出すと、一磨さんはハッとしたように立ち止まった。
「私……こんなのは嫌です……どうして、一磨さんが辞めなくちゃいけないんですか?」
一磨さんの、さっきの言葉を、どうしても信じたくない。
「詩季ちゃんの芸能人生、俺がダメにするわけにはいかないだろ?」
「でも、何も辞めなくても……山田さんや、うちの社長も、フォローしてくれてますし、私は何とかなります」
私が食い下がると、一磨さんはフッと微笑んだ。
「……俺が、守りたいんだ」
(一磨さん……)
その瞳には、強い決意の色が現れていて、私は言葉を失くす。
「事務所はやっぱりWaveを守りたいから、今後も過剰な行動に出てしまうことはあると思う。社長の親心だとは思うから、仕方のない部分もあるかもしれないんだけど……でも、やっぱり、俺はそれじゃ嫌なんだ。それだと、詩季ちゃんのことを、守りきれないから」
穏やかな表情でそう話す一磨さんの声を聞いて、何だか泣きたくなってくる。
(本当にいいの?……私なんかのために……)
「これは自分自身のけじめだから」
そういうと、一磨さんはそっと握っていた手を離した。
「……もう、一人で無茶なことしちゃ、ダメだよ」
そう言うと、一磨さんは私を置いて歩き始める。
(どうして、こうなっちゃったの……?)
一磨さんの意思はどうしても固くて、最後まで覆すことは出来なくて。
私は混乱した頭のまま、自分の無力さを嘆くしかなかった。
「みんな、今日はありがとう!」
「楽しんでくれた?」
ステージの上から、手を振るWaveメンバーたち。
ファンの大歓声が会場を包む。
「また、会いに来て」
「愛してるよ!」
私は、一磨さんが「最後にする」と言っていたコンサートにやってきていた。
(みんな、すごい……)
ひとりひとりが、キラキラと輝いている。
そして……
「それじゃ、アンコールいってみよう!」
それは、一磨さんも同じで、やっぱり目が一磨さんばかりを追いかけてしまう。
(これが最後なんて……ウソだよね……?)
そう思った瞬間、涙があふれて止まらなかった。
(……誘われて来たわけじゃないし、楽屋には行かないほうがいいよね……)
コンサートを見て、一磨さんには絶対に辞めて欲しくないと思った。
このまま、直接楽屋に押しかけて、辞めないで、と伝えようかと思ったけれど……
(……でも、迷惑かもしれない……)
ただ、せめて気持ちだけは伝えたくて、私はメールを打つ。
自分の気持ちを素直に文章にして……。



2011/04/09 16:08


HOME






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -