ウメコさんの部屋を出て、マーシャの案内の元、他の関係者に挨拶に向かった。 ステージに立っていたのはエスコート役の男性モデルで、挨拶を簡単に済ませた。 「はあ…。やっぱり、本物のモデルさんは雰囲気が違いますね。人の視線を集めるオーラというのか…」 「素敵でしょう?私も彼、大好きなのよね」 「仕事に私情は挟まないのではなかったのかな?」 「私情を抜きにしても、立派なモデルなのよ」 「なるほど」 「そんな人と一緒に歩くんですね…緊張してきました」 「ふふ、それなら、1人の方がよかったかしら?」 「まさか!1人でウォーキングすること人らなくて、本当に良かったです」 (大勢の視線が集中すると思うと…あー緊張してきちゃった) 「そんな、詩季さんは何でもこなしますから心配はいりませんよ」 「皐月さんは買いかぶりすぎです」 「そうでしょうか?でも…詩季さんをエスコートするのは私の仕事だと思っていたので、少し残念ですね」 「皐月さん…」 残念そうな皐月さんの表情に心臓がきゅんっ、と締め付けられた。 「いつも完璧な皐月さんですけど、今の皐月さんは可愛いです」 「…そうでしょうか?」 「はい」 「可愛い、なんて言われるのは恥ずかしいですが、仕方ありませんね。詩季に関する事になると、子どものように束縛したく、無茶をしたくなる」 皐月さんは指先で私の首筋を撫でまわし、言葉通り自分の物だと印をつけているように感じた。 「さ、皐月さん…」 「ふふ、では行きましょうか」
関係者への挨拶を終え、楽屋へと通された。 「はあ…ここまできたらもう逃げられないんですね」 (最後に…もう一度だけ…) 「本当に私で良いんですか?」 「あなたがいいんです。何も心配いりませんからマーシャやウメコさんにお任せください」 何度聞いても不安な気持ちは消えないが、皐月さんの言葉を信じることにした。 「さあ、今から忙しくなるわよー!詩季ちゃん、さっそく着替えましょう」 「はい、お願いします!それじゃ、皐月さん行ってきますね」 「はい。外でお待ちしております」
数十分後、着替えが終わり外に出ると、楽屋の前で皐月さんが待っていた。 「…!」 「あれ、皐月さん。ずっと待っていてくれたんですか?」 (どうしたんだろう、驚いた顔をして…) 「あ…もしかして、クロスに驚いているんですか?」 「ええ…。ドレス姿を想像していたので…ふふ」 「テルテル坊主みたいですよね」 首から下は、何を着ているのか分からない仕様になっている。 「クロスを脱がして、誰よりも早く見たいというのに…」 「ちょっとでも盗み見ようとした、この会場から追い出すからね!」 凄味のきいた声で言われると、さすがの皐月さんも諦めるほかないようだった。
(とうとうこの瞬間がきた…!) 最初はメイクのショーだったため、私は座っているだけだ。 ただ、この座っているだけというのが難しい。 「動かない!」 「は、はい!」 「しゃべるな!」 (動くなしゃべるなって、どうしろっていうのよー!) ウメコさんの真剣な顔を見ていたせいか、客席の視線はとくに気にならずにすんだ。 そして、ウメコさんが私の傍から離れた時だ。 客席から大歓声が上がり、フラッシュが何度も光眩しく顔をしかめてしまう。 「こら、アンタは笑ってなさい!」 「は、はい!」 (自分じゃ見えないけど、成功したみたい。よかった…) それからしばらくの後、会場は大歓声に包まれる中ステージを後にした。
「ふぅ…」 (何もしてないけど、つかれるな…。皐月さんは…) 探してみたが、舞台袖にはいない。 (それもそうか…。舞台から見ているよね) 目を閉じて、皐月さんの声を思いだし疲れをいやそうとした時。 「患者さんはどこですか」 「こっちです!ソファーに寝かせているんですが…」 (な、何が起きているの?) 近づいていくとエスコート役の男性モデルが苦しそうに横になっていた。 「あの、一体何があったんですか!」 「食あたりらしいわよ。まったく、大切なステージがあるっていうのに何を考えているのかしら」 「だ、大丈夫ですか?」 「しかも、何を食べたのよ…知りたいじゃないっ…!」 「ちょ、ちょっと待ってください。彼が倒れたってことは…!」 「みほちゃん、1人ってことになるわね」 (え!?1人で立つの…あの大勢の前で…) 血の気が引いていくのが分かる。 (でも…ここまできたらやるしかない!) 「分かりました。私、1人でできます」 「みほちゃん!ありがとう」 (女は度胸!) 「待ちなさい!何勝手に決めているのよ」 「え…」 「あの、呼び出しがあったんですが。何かありましたか?」 「さ、皐月さん!呼び出しって…」 「あたしがメイクした女をさらに引き立たせるのは、あんたしかいない!」 「…私がステージに上がるんですか?」 「実は、モデルが倒れちゃってね…」 「なるほど。それでしたら、お受けします」 「そんな簡単に…!いいんですか?」 「詩季さんのためですから。何より、私が一緒にステージに立ちたいんです」 「ありがとうございます…!」 代役が決定したことにより、慌ただしくスタッフが動き始めた。 短い時間の中で準備が整い、皐月さんのエスコートによりステージへと移動する。
皐月さんが隣にいるだけで、自然に笑うことができる。 会話をすることはできないけれど、時折皐月さんの顔を見ようと見上げると視線が重なり合う。 (ずっと、見ていたのかな…まさかね) 「あの2人、ステキね。本物の恋人同士みたい」 「私もそう思う。それに衣装も本当に素敵でよく似合ってるわ」 「所属事務所ってどこなのかしら。今まで見たことがないモデルだけど」 ステージ近くに座っている人たちの会話が時折聞こえてきて、嬉しくなってくる。 こんな風に褒められるのも皐月さんのおかげだと思えた。 こうしてイベントは好評を得て、幕を降ろした。
イベント後、打ち上げパーティーに招待された。 「今日はお疲れさまでした」 「皐月さんもお疲れさまです。あっという間過ぎて、取材どころじゃありませんでした」 (編集長に何て言おう…) 「ウメコさんの取材がありますし、編集長も怒ることはないのでは?」 「皐月さん。私のためにウメコさんとデートしないでください!」 「ですが、もう約束してしまいましたし」 「それはそうですけど…」 (大丈夫かな…) 「…もしかして、ヤキモチですか?」 「え…っ、いえ、そうじゃないんですけど」 (この気持ちってヤキモチなの?) 自分の気持ちと向き合うが、やっぱり皐月さんの身が心配なだけだ。 「皐月さんも体を鍛えていて頑丈そうですけど、ウメコさんには敵わないんじゃないかって」 「ふふ、大丈夫ですから。安心して下さい。ね?」 柔らかな笑みで言われてしまうと、渋々頷くしかなくなる。 (ウメコさんもこんな風に皐月さんに負けるかな…) 「2人共〜ウメコが呼んでいるわよ」 「えっ!わ、分かりました!」 (無傷で返してくださいってお願いしておこう)
ウメコさんの元に行くと、不機嫌そうに私を睨んできた。 「あの…」 「ふんっ。負けたわ」 「…?」 「さっきのステージを見て、2人の相思相愛が伝わってきたのよ。とてもじゃないけど、アンタから皐月を奪えないと思ったの」 「う、奪うつもりだったんですか!」 「当然でしょ?ま、そんなわけで、デートはキャンセルしてちょうだい」 「私は構いませんが、詩季さんの取材の件は?」 「日を改めて、特別に密着取材をさせてあげてもいいわよ」 「…密着、取材!」 (あの、ウメコさんの…すごい!) 「まあ、女ながら頑張ったんじゃない?」 「ウメコさん!ありがとうございます!」 「ふんっ、アンタみたいな女なら一緒にいても飽きないわね」 「はい…って、えっ!」 「ふんっ、皐月も…アンタも…また会いましょ」 ウメコさんはそれだけ言うと立ち去った。 「よかった…。皐月さんを守れました」 「ふふ、私はそんなにか弱く見えるんでしょうか?」 「見えません。でも…優しいですからウメコさんと奪い合いになるかもって思いました」 「詩季さんに心配をおかけするようなことはありません」 「…そうですか?」 「はい、そうです」 そして、無事にパーティーも終わり、私たちはホテルへと向かった。
部屋に案内され、一息つくところで後ろから抱きしめられた。 「皐月、さん?」 「やっと二人になれましたね…この瞬間を待ち続けていました」 驚きつつ振り返ると真剣な眼差しで皐月さんは見下ろしている。 「同じ場所にいるのに、ほとんど一緒に居られなかった」 「そうですね…あの…」 抱きしめる腕に力が込められ、首筋にキスをしてくる。 「いつもと違うメイクに違う衣装。そんな君がいるのに何もできない、男の気持ちが分かるか?」 「分かりま…んぅ…っ」 「全員に見せつけたいと、何度思ったことか。俺の女だと…」 「そんな風に思っていたなんて…知りませんでした」 「俺は演技が得意だからな」 「…もう」 執拗に舌と言葉で責められ、体の力が奪われていく。 (頭がぼんやりしてくる…) 何も考えられないほど気持ちよく、心も体も満たされ皐月さんが欲しいという気持ちが増してくる。 自然と声が体が求め、動こうとした時だ。 「皐月、さん…?」 皐月さんの体が離れ、彼は困ったように小さく笑った。 「いつもと違う詩季さんに我慢ができなかったんですが…」 「どうかしました?」 皐月さんが触った箇所がまだ熱を持っていて、声が上ずってしまう。 「これを、詩季さんに貰って頂こうと思い…」 テーブルに置かれた箱を手に取り、私に渡してきた。 「あの…どうして突然?」 「ホワイトデーのお返しです」 「あ…!忘れてました」 (今日は一日忙しくて…つい忘れてたよ…) 「今日は忙しかったですからね。開けてみてください」 「はい!」 中を開けてみると、高級コスメブランドのバスグッズだった。 「わあ…!これ、今回のホワイトデー限定の…」 (私も雑誌に取り上げたヤツだ…) 「気に入って頂けましたか?」 「すっごく嬉しいです!早く使ってみたいな…」 「ふふ、そうかと思って…」 皐月さんは私の手をとり、説明をしないまま腕を引き歩いていく。 どこに行くのか大体は予想はついたが、実際に連れて行かれてやはりと思ってしまった。
バスルームに入ると先ほどもらったバスグッズが用意されている。 皐月さんの顔を見るとニッコリと優しく微笑みつつ、頬に触ってきた。 「よろしければご一緒しませんか?」 (皐月さんと一緒にって…今まで一度も経験がなかったけど…) 「嫌ですか?」 答えようとした時、皐月さんの手が腰に周りドレスが脱がされ始めていた。 「嫌って言う前に、皐月さんの手が…」 「ああ…嫌なんて言うものなら、その可愛らしい口を塞ぐつもりだから。こんな風に」 意地悪な笑みを浮かべ、皐月さんは唇に口づけをしてくる。 軽く触れただけで、私の心臓は暴れ始め落ち着く気配はない。 「さ、皐月さん…!」 「覚悟は決まったか?」 「ふふっ、のぼせないようにしましょうね」 「ああ、安心して任せてくれ」 (まだ何もしてないのに、くらくらしてきちゃった…) ゆっくりと服を脱がしていく皐月さんの指が素肌を撫で、体が自然と反応していってしまう。 「詩季。まだ、早い」 「でも…気持ちが止まらないんです」 一枚一枚脱がされるたび、体の官能が昂っていく。 そんな私に気が付いているのか皐月さんは意地悪な指使いで、最後の一枚を脱がせ私をバスの中へと連れて行った。 (皐月さんとの思い出が今日できて…家で使った時も思い出しちゃうんだろうな) 今からのこととこれからのことを考えると胸が高鳴り、 楽しみで仕方がなかった。
2012/04/01 17:22
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