20-11 (……メールもしたし、このまま帰ろう……) 今、私が押しかけても、きっと何もできない。 でも、心の声とは裏腹に、足がピタリと止まってしまった。 (本当は、会いたい……) 会って、直接、もう一度話したい。 辞めないでって、言いたい。 (でも、そんなの勝手すぎるよね……) 自分のせいでこんなことになったのに、これ以上迷惑はかけられない。 そう思って、再び歩き始めた。 「待って、詩季ちゃん」 その瞬間、誰かが私を呼びとめた。 「亮太くん……それに、みんなも……」 一磨さん以外のWaveメンバーが揃って、通路をふさぐように立っていた。 「……一磨が、いま頑張ってるよ」 「え……?」 「そう、自分のことを、いつも後回しだったうちのリーダーが戦ってる」 「本当は、詩季ちゃんも一磨に会いたいんだよね?」 「……でも、私……」 (私とのことが原因で、ここまでこじれちゃったのに……) 何も言えなくなって、うつむくと目の前に義人くんが立った。 「……見せたいものがある、来て……」 私は、義人くんに先導されて、みんなと楽屋に向かった。 楽屋の前まで来ると、少しだけ開いたドアから一磨さんと、マネージャーさんが言い争っている声が聞こえてきた。
20-12 「だから、私たちはWaveのためを思って……」 「そうだとしても、あんなやり方はおかしい……間違ってます!」 (一磨さんが、怒ってる……) 「それにしたって、あんな女のためにお前が犠牲を払うことはないだろう!」 「あんな女……?」 マネージャーさんの言葉に、一磨さんの表情がこわばった。 「そうだ、どうせWaveとのスキャンダルでの売名が目的だろう。あんな素人同然の小娘……」 「……黙れ」 (え?) 低い声がした、一瞬の後、一磨さんがマネージャーさんの胸倉をつかんで、壁にいきなり押し付けた。 「やっ……」 思わず声が出そうになって、慌てて口を抑える。 「か、一磨!?お前……ぼ、暴力沙汰なんて起こしてみろ……それこそWaveにはいられなくなるぞ!?」 声をひっくり返しながら、マネージャーさんが必死に言い返すが、一磨さんは、掴みかかった手の力を緩めない。 「そんなのはどうでもいい……それよりも、今の言葉、取り消してください」 「何……?」 「彼女は、そんなことしない……アンタに何がわかるんだよ!」 (一磨さん……) 初めて見る、一磨さんの本気で怒っている顔に、思わず肩が緊張に震える。 その時、部屋のもう一方から、冷たい声が響いた。 「一磨、いい加減にしろ」 (この声……) 聞き覚えのある声に、ドアに一歩近づいて目をこらしてみる。 そこには、思ったとおり、Wave事務所の社長がソファに腰掛けていた。 「……そろそろ、いいだろう。もう茶番劇にはうんざりだ」 「なっ……」 「愛だの恋だのは、すぐに冷める。お前はそんな一瞬の快楽に、人生全てを棒に振ってもいいと、本当に思ってるのか?」 「……初めて、本気になった人なんです」 一磨さんが静かにそう告げると、社長は鼻で笑った。 「なるほど……では、お前が本気だったとしよう。……ただ、向こうが本当に同じ気持ちだと言えるか?」 「……え?」 「日本中から熱狂的な支持を受けているWaveのリーダー……そんな男に優しくされたら、誰だっていい気になるのは当然だと思わないのか」 「それは……」 社長の意見に、一磨さんはグッと言葉に詰まった。
20-13 (そんなことない……私は、そんな理由で一磨さんを好きになったわけじゃ……) 思わず、私はドアノブに手をかける。 が、それは亮太くんによって止められてしまった。 「……ごめん、行かせてあげられない」 「……っ、どうして……?見てるだけなんて……もう耐えられないよ」 私が訴えるように亮太くんを振り返ると、義人くんがチラリとこっちを見た。 「これは……一磨が解決しなきゃいけない問題だから」 「オレたちだって……行けるもんなら今すぐあのマネージャーとかぶん殴ってやるけど……今は一磨を信じるしかないんだ」 「……一磨が言ったんでしょ?……自分の力で、詩季ちゃんを守りたい、って……」 京介くんの言葉に、ハッとする。 (これは、一磨さんの戦い……) 「わかった……」 私がうなずくと、亮太くんは私の腕をそっと解放した。 楽屋の中では、社長が立ち上がって一磨さんのほうへ歩いていっているところだった。 「どうした、一磨。さっきまでの威勢がなくなったな……」 そう言って、社長は一磨さんの肩をポンとたたく。 「やっとわかったか?自分が、いかに熱に浮かされて非現実的な夢を見てたか」 「……んです」 「何?」 「それでも、いいんです」 顔をあげて、一磨さんはハッキリとそう言った。 「たとえ、これが俺の思い違いで、全てを失ったとしても……自分の気持ちにウソをつくよりはずっといい」 (一磨さん……)
20-14 「俺は、どうなってもいい。だから……もう、彼女を傷つけることだけはやめてください」 「お前……」 「お願いします」 そう言って、一磨さんは深く頭を下げた。 それをジッと見つめる社長。 みんなと一緒に、息をのんで見守っていると、社長が渋い顔で口を開いた。 「何か勘違いしているようだが、初めからお前の脱退を認めるつもりなんてない」 「え?」 驚きを隠せない表情で、顔をあげる一磨さん。 「ただ……いくらしっかりしているとはいえ、お前はまだ若い。……しかも、こういった色恋に関しては、どちらかというと不慣れだ。マネージャーから相手が売名行為を目的としていると報告を受けていたからな……」 社長さんは、どこか疲れたような顔でため息をついた。 「しゃ、社長、私は何もウソの報告をしたつもりは……」 「うるさい、少し黙っていろ」 マネージャーさんが口を挟もうとするのを、社長はピシャリと黙らせる。 「……謹慎したら、考えも変わるだろうと思っていたんだが、まあ一磨は昔から意思が固いからな……だからこそWaveのリーダーに選んだんだ。お前が辞める、なんて言うから俺は他メンバーの怒りの連絡抗議で寝不足で散々だったよ。なあ、お前ら?」 「え?」 (わっ……) 「あーあ、やっぱバレてました?」 慌てる私をよそに、亮太くんがゆっくりとドアを開ける。 「詩季ちゃん……?」 扉の向こうから現れたメンバーと私の姿を見つけて、一磨さんの目が見開かれる。 「俺も、もう若くないんでね。お前らには付き合いきれん。今回の件は、一旦手を引かせてもらう……あとは、お前らの自主性に任せる」 「しゃ、社長!」 (え……?)
20-15 「……それじゃあ……」 社長の言葉に、私と一磨さんは顔を見合わせる。 すると、すぐさま社長の厳しい声が飛んだ。 「もちろん、スキャンダルやWaveの活動に支障をきたした場合、話は別だ。ただ……Waveのリーダーはお前しかいない。今までの実績から、今回はお前のことを信用させてもらおう」 呆然とする一磨さんの肩を叩いて、社長は楽屋から出ていこうとする。 「あ……」 その瞬間、社長さんと目が合って、私はうろたえた。 すると、すれ違いざまに社長さんは私にだけ聞こえる小さな声で、囁いた。 「……かわいらしいお嬢さんに、手荒な真似をして……すまなかった」 (え……) ビックリして振り返った時には社長さんの姿は遠くなっていた……。 「しゃ、社長!お待ちください!!」 マネージャーさんが、慌ててそのあとを追いかけて行く。 複雑な気持ちで見送る私の周りで、みんながホッとしたように喜んだ。 「こういうの雨降って地固まる……だっけ、義人?」 「……ああ」 「あーあ、疲れた。ま、これにて一件落着、ってやつ?」 「ともかく、おめでとう一磨!」 翔くんが、笑顔で言うと、一磨さんは肩をすくめた。 「ったく……まさか、お前らだけじゃなくて詩季ちゃんにまで聞かれてたとはね……」 「ご、ごめんなさい」 私が慌てて頭を下げると、一磨さんがフッと微笑んだ。 「いや、どうせこいつらが連れてきたんでしょ?とりあえず、中に入りなよ」 「あ、はい……失礼します……」 何だか、妙に気恥ずかしい気持ちで私は楽屋に入った……。 一磨さんに促されて楽屋に入ると、何故かみんなが慌しく帰り支度を始めた。 (ど、どうしたんだろう?) 目を丸くしていると、一磨さんが複雑な表情で話し始めた。 「見られちゃったなら、隠すことはないけど……結局、俺は皆に助けられちゃったな……今回ばかりは、本当にみんなに迷惑かけた」 そう言って一磨さんが目を伏せたので、私は首を横に振った。 「でも、一磨さんがそれだけ皆に必要とされてるから、助けてくれたんだと思います……」 私の言葉に、一磨さんはハッとしたように顔をあげた。 「……やっぱり、詩季ちゃんといると……色々なことに気がつかされるな」 フッと笑うと、私の手をとる。 (あ……) 「今度こそ、大事なものの順番、間違えないでよかった……」 熱っぽい眼差しで、私を見つめてくる一磨さん……。 (み、みんなの前なのに……) その視線を受けて、ボッと火がついたように顔が真っ赤になってしまう。 と、その瞬間、亮太くんが私たちの間に入って、盛大なため息を吐いた。 「見てるこっちが照れるから、2人っきりでやってほしいんですけど……」亮太くんの言葉を聞いて、ハッと我に返った一磨さんが顔を真っ赤にした。 「あ、いや……俺は……」 「はいはい、もういいよ。俺らは、さっさと帰りますから?」 フッと、目を細めて京介くんが笑って、みんなを連れて楽屋を出ていく。 最後に義人くんが、一磨さんの肩をポンとした。 「……よかったな」 その一言を残して、義人くんも楽屋を去って行く。 残された私と一磨さんは、顔を見合わせた。 「……ったく、いつもと立場が逆転しちゃったな」 肩をすくめる一磨さんに、私は思わず笑ってしまった。 その瞬間、フッと視線がぶつかって……一磨さんが、私に近づいてくる。 (一磨さん……) 「やっと、二人になれた……」 一磨さんの手がゆっくりと伸ばされて……私のすぐ後ろの壁に片手をついた。 そして、もう片方の手で…… 「帰るんじゃなかったのか?!」 と、勢いよくドアを開けた。 (え!?) そこには、仲良く並んで聞き耳を立てている皆の姿があった……。 「ちょっと、翔が押すからばれたじゃん!」 「俺じゃないよ、京介が……」 (あ、危なかった……!) 「もういい、やっぱり俺らが移動するから。詩季ちゃん、行こう」 「え?か、一磨さん?」 グイッと私の手をひいて楽屋を出る一磨さん。
20-16 「何だよ、つまんねえな」 「もっと盛り上がるとこ、見たかったのに〜」 後ろから、そんなWaveの声が聞こえてきて振り返る。 すると、みんなも気がついて『ごゆっくり』と口パクで手を振ってくれた。 (みんな……ありがとう) 恥ずかしい気持ちもあるけど、みんなの笑顔に心があったかくなったのだった。 一磨さんに連れてこられたのは、外にある非常階段を昇ったところにある、屋上のような場所だった。 涼しい風が、ほてった頬に気持ちいい。 「さすがに、あいつらもここまでは追いかけてこないと思うんだけど……」 「ふふっ、一磨さん、やっぱりリーダーなんですね。ちゃんと、メンバーの行動、分かってるじゃないですか……」 クスクスと私が笑うと、一磨さんはスッと手を伸ばして、私の頭を優しく撫でた。 「うん、やっぱり笑顔が一番似合う……いっぱい泣かせて、ごめん」 頭を撫でていた手が背中に降りてきて、瞬間、ぐいっと一磨さんの胸の中に引き寄せられた。 「あの日の仕切りなおし……してもいいかな?」 「……はい」 私がうなずくと、一磨さんはそっと体を離して、私の顔を覗き込む。 「詩季ちゃんは、俺にとって……特別、だよ」 その言葉は、あの日、聖堂で言われた言葉…… 「妹として、ですか?」 思わずそう尋ねると、一磨さんは一瞬目を見開いたあと、ふっと表情をゆるめて、私の両ほほを手のひらで包んだ。 「……妹みたいだなんて、思ってない。……本当は、最初からずっと、ずっと……ひとりの大事な女の子だった」 一磨さんの言葉を聞くうちに、熱いものがこみあげてきて、視界がぼやける。 「……好きだ」 その言葉を聞いた瞬間、ポロリと涙がこぼれた。 「すごく……好きなんだ」 もう一度、想いを告げた一磨さんの胸に、私は迷うことなく飛び込んだ。 一磨さんの力強い腕が、私を受け止めてくれる。 「私も好きです……」 「うん……」 「ずっと、好きだったんです……!」 「うん……」 言いたくても、言えなかった言葉。 受け止めてもらえるはずのなかった言葉たちが、あふれ出していく。 「ありがとう……」 抱きしめていた腕がゆるんで、一磨さんの両手が頬に添えられた。 頬から直接伝わってくる体温に、心臓が早鐘のように鼓動を鳴らす。 「やっと役者じゃなくて、ただの本多一磨としてキス出来る……」 そんな囁きの後、一磨さんの熱い吐息を感じて……私は目を閉じた。 (一磨さんが、大好きです……) まだ、やっと一歩を踏み出せたばっかりの恋。 これから、ミュージカルや映画のように、ハッピーエンドが待ってるとは限らない。 (だけど……) 「詩季……」 一磨さんが、その名前を呼んでくれる限り…… (一緒なら、乗り越えていけるよね?) 星がまたたく夜空の下で、私たちは長い口付けを何度も交わすのだった。
2011/04/10 16:07
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