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皐月さんは慌てて立ち上がると、染みが広がるドレスと私を交互に見ながら心配してくれる。
「私は大丈夫です。それよりも、おばあさんが…」
皐月さんはハンカチを私に手渡して、倒れたおばあさんに駆け寄る。
手を差し伸べ、おばあさんと視線を合わせるために床に膝をつき語りかけていた。
その姿を見ながら、改めて皐月さんの優しさに感心する。
ドレスを拭き終わり、二人の元に近づいておばさんの様子を聞くと特に怪我もしていないとのこと。
安心しているとおばあさんは頭を下げて英語でお詫びを言ってきた。
大丈夫だから、と伝えてもおばあさんは何度も謝ってくる。
最終的には、クリーニング代を置いて行ってしまい、私も皐月さんも困ってしまった。
ちょっと困りつつも、「あの方の気持ちですし、いただいておきましょうか」
という皐月さんの言葉に、素直に受け取ることに。
しかしドレスにはごまかしができないほどの大きな染みができている。
途方にくれていると、皐月さんは「何も問題ありまんよ」と笑った。

2人で先ほどのブティックへ戻ると、皐月さんはとても楽しそうにしていた。
店内に入ると真っ直ぐ進んでいき、迷うことなく1着のドレスを手に取った。
案の定と言うべきなのか、先ほど勧めてきたセクシーなドレスだ。
「ふふ、少ししつこいかもしれませんが、どうしても着て頂きたくて」
「確かにいつもより、押しが強いです…」
「まあ、大げさに言わせて頂くとこれは神が詩季さんに先ほどのドレスを着よ!との思し召しとしか考えられませんね」
「また、無茶なところを突いてきましたね…」
「ダメですか?」
私は先ほどの後悔が残っていることもあり、ドレスを着てみようという気持ちになった。
「本当に恥ずかしいんですけど、このドレスを着てみます」
「詩季さん!」
根負けし、皐月さんにセクシーなドレスをプレゼントしてもらうことになった。
着替え直し、皐月さんの前に姿を現す。
「素晴らしい…。やはり私の見立てに狂いはなかったようですね…」
眩しいものを見るように目を細め、皐月さんは手を差し伸べてくれる。
「あの…あんまり見ないでください…」
「それは、難しいお願いですね」
皐月さんセレクトのドレスは思っていた以上にセクシーで、恥ずかしい。
「貴女の今の姿を忘れないように、しっかり見ておきたいんです。何より、私が見なくても他の男性が見てくるでしょうしね」
「いえいえ、そんな大したものではないですよ」
「ご謙遜を。けれど、私以上に、他の男性が見るのは我慢できないのでやはり詩季さんを見つめてもいいですか?」
皐月さんの流れるような恥ずかしいセリフに飲み込まれ、思わず頷いてしまっていた。

開演の時刻になり、皐月さんが知り合いに頼んでくれたVIPシートに座りオペラを鑑賞し始めた。
次々に出てくる登場人物は映画でも見かける、西洋のお姫様が着るようなドレスで思わず感嘆の声が漏れてしまう。
歌手の声量に驚き、感動していると、ピアノと歌手一人の出番の演目があった。
「ピアノってステキ。歌手の魅力を最大限に引き出しているような…不思議な楽器ですね。とっても多彩な音だなって思いました」
「ピアノの鍵盤の奏で方によっては音色が変わるんです。まるで、自分の心を写すかのようにね」
「なら、あの演奏者は歌手のために弾いているんでしょうか」
「恐らくそうなんだと思います」
(皐月さんが弾いたらどんな音色がするんだろう)
皐月さんの胸元に頭を預け、そんなことを考えてしまった。

宿泊先のホテルに戻ると、チョコを持ち歩いていたことを思い出す。
今さら改まって渡すというのも恥ずかしいけれど、私は皐月さんにカバンから取り出したチョコレートを差し出す。
「今日はバレンタインなので…チョコ受け取ってください」
「詩季さんが、私に…?」
ゆっくりとした動作で私の手を握り、にっこりとほほ笑む。
「今日は、詩季さんと出かけて楽しくて幸せでしたが…まさか、このようなサプライズがあるなんて…私は果報者です」
手作りなので自信がないと言うと、皐月さんはリボンを解いて包装を開けていく。
皐月さんが蓋を開けると・・・・・・
「う、うそっ!唯一自信があったハートが…」
そこにあったのは、ハート形が半分に割れたチョコだった。
「…ごめんなさい」
「詩季さん、謝らないでください。形はどうであれ、詩季さんが作ってくれた世界で一つのチョコレートには変わりありません」
皐月さんは割れたチョコを口に入れると、嬉しさが伝わってくるような幸せな笑みを浮かべた。
「詩季さんの愛情がたくさん込められたチョコはとても美味しいです。大切に、頂きますね」
皐月さんはそう言うと、残りのチョコを愛しそうに包み直した。
「詩季さん、こちらの部屋に一緒に来て頂いてよろしいですか?」

何があるんだろうと思いつつも、皐月さんに導かれるまま飛び扉を開けて部屋の中に入っていく。
案内された部屋にはグランドピアノが置かれていた。
新品のような輝きを持つピアノに、皐月さんは手を伸ばし鍵盤のふたを開ける。
「あの…弾いてもらえるんですか?」
「ええ。拙く、プロの演奏を聴いた後に弾くのは恥ずかしいのですが…バレンタインチョコのお礼を、受け取って頂けますか?」
「はい…!」
皐月さんは楽譜もなしに、鍵盤を弾き始めた。
弾いているのは、タイトルは分からないけれど、クラシックの有名な曲。
それを楽譜もないのにすらすらと演奏する皐月さんは、カッコよくて胸が締め付けられる。
(嬉しくて、涙が出てきそう…)
皐月さんは演奏を終えると穏やかに笑う。
「如何でしたか?」
「私…とっても幸せです」
皐月さんがピアノに込めた想いが、嬉しくて皐月さんの胸の中に飛び込んでいた。
「喜んで頂けて嬉しいです」
「どうして、あんな風に弾けるのか不思議です」
「簡単ですよ。詩季さんのことを思い弾いただけですから」
皐月さんは才能があるからあんなに素敵に弾けるんだと言うと、どうでしょうかと皐月さんは嬉しそうに微笑む。
「料理の隠し味は愛情といいますよね?それと同じで、気持ちに勝るものはありません」
皐月さんはきっぱりと言い切ると、私の頬を包むように片方の手で触れてきた。
「私、皐月さんのこの手…大好きです」
頬に当てられた手の上に自分の手を重ね合わせ、自分の口元に運ぶ。
大きな手のひら、しなやかに長い指から感じる皐月さんの温もりに、口づけをする。
「…オレの理性を壊したいのか、詩季は?」
「そ、そんなこと…」
慌てて、皐月さんの手を離した。
でも、皐月さんは顔を私の首元に埋め、低い声で囁く。
「さ、皐月さん…!」
「今更止めても、遅い」
肩に皐月さんの息がかかり、熱を帯びてきているのが伝わる。
優しいキスをしながら、ドレスをゆっくりと脱がされていく。
「皐月さんに買ってもらったドレスも恥ずかしかったですけどこうして脱がされるのはもっと恥ずかしいです…」
「なぜ?詩季がもっと、綺麗な姿になるだけだ」
「だが、このドレスを着せたのは間違いだったな」
「え…!?」
(やっぱり、似合ってなかったのかな…)
「他の男に見られて、何度嫉妬したことか。そのたびに、こうして詩季の肌に触れ自分のものだと言いたかった」
とびっきりの深いキスを皐月さんはしてきて、嫉妬した気持ちをぶつけられているようだった。
すると、突然皐月さんの動きが止まり、苦笑していた。
(どうしたの…?)
「皐月、さん…?」
「オレとしたことが…」
「え…きゃっ!」
突然横抱きにされ、部屋を出ていく。
「ど、どうしたんですか?」
「ここではゆっくり出来ない。何よりも詩季に負担を掛けてしまうと思ってね。ベッドへ行こうか。その方がいい」
「ふふっ、でも自分の足で歩けますよ?」
「ああ。詩季が逃げ出さないように、オレの腕に閉じ込めておこうと思ってね」
「逃げるなんて、そんなことできません…。だって、こんなに皐月さんの事が好きなのに…」
少し恥ずかしかったけれど、自分から皐月さんの唇に深い口づけをする。
皐月さんは少し驚いた表情をしていたけれど、すぐに笑顔に戻る。
「詩季…わかった。今夜は寝かせない」
「ふふっ、覚悟は出来ています…」
クスクスと笑いながら皐月さんの首に手を回し、キスをしながらベッドルームへと運ばれた。



2012/03/01 17:01


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