夕暮れの中、私は用意されていたドレスに身を包み、恵人先輩と共に馬車に乗っていた。 狭い馬車の中で恵人先輩とぴったり肩が触れ合う。 「どうだ?お姫様みたいな気分だろ?」 私の緊張を和らげるように、恵人先輩がいつもの調子で話しかけてくれる。 「は、はい」 「○○……」 恵人先輩が私の名前を呼んだ途端、カタカタとゆっくりと走っていた馬車が、がくんと揺れて止まった。 「どうしたんだ?」 恵人先輩が振り返った。 「幸人……?」 その言葉にドキンと胸が高鳴る。 馬車の前方には幸人先輩が立ち塞がっていた。 そのせいで馬車は停止したのだ。 (幸人先輩……?) 「……○○に話がある」 (えっ、私……!?) 幸人先輩の真面目な視線にさらされ、私の心臓はドキドキしていた。 「……ちょうどいい。俺からもお前に話がある!」 そう言うと、恵人先輩は馬車を飛び降りて、幸人先輩の方へと静かに歩いていった。 幸人先輩の横に立つ。 「……なんだ」 こわい顔をしていた恵人先輩は急にニヤッと笑うと、幸人先輩の肩に手を置いた。 「……○○の隣が空いてる。座れ」 そう言うと恵人先輩はひとり人ごみの方へと歩いていった。 幸人先輩は私の方を振り返った。 「……」 (えっ……) 幸人先輩は静かにこちらに向かって歩いてくる。 そして、馬車の扉を開けて私の隣に幸人先輩が座った。 狭いシートのせいで、先輩と私の身体が擦れるように触れあった。 それと同時に馬車は再び動き出す。 「あの……私に話って……?」 ドキドキする気持ちを抑えながら私は幸人先輩の言葉を待つ。 「……その時が来たら、話す」 「……はい」 馬車は学校内をゆっくりと進んでいく。 カタカタと優しい振動。 それに合わせ、私と幸人先輩は揺さぶられる。 お互い、相手の顔を見つめる余裕なんてなかった。
ようやくパレードの終着点に着き、馬車がゆっくりと止まる。 最後に馬がぶるぶるとため息のような嘶き声を上げた。 それがきっかけになって、馬車にワッと人が群がってきた。 「新聞部です!生徒会長!どうしてGフェス委員長を馬車から降ろして、その場所に座っているんですか!?」 「今朝、会長の挨拶をしなかったわけは?」 「結局、ボヤ騒動はどうなったんですか?」 幸人先輩には何本ものマイクが向けられる。 「……行くぞ」 (えっ?) 幸人先輩は優しく私に微笑んだ。 同時に、ぎゅっと私の手を掴み、幸人先輩は校舎へと駆けだした。 「あ!ちょっと生徒会長!答えて下さいよっ!」 追いかけてくる新聞部員を振り切るように、私たちは必死に走った。
とっさに駆けこんだ場所は生徒会室だった。 幸人先輩は内側から鍵を掛けると、物陰に身を隠す。 私たちは息をつめて廊下の方に注意を向ける。 新聞部員の人たちらしき足音が廊下を近づいてくる。 「生徒会長どこですかー?」 「もしかして生徒会室とか?」 ドアノブに手をかける音がする。 「……おかしいなー、鍵がかかってるよ」 ドアをガチャガチャいわせて開けようとしているのが分かる。 「……ここにはいないか」 そう言って諦めたように足音が小さくなっていく。 「はぁ……行っちゃいましたね……」 私は立ち上がると、息を整えるように深呼吸をする。 「……待て。まだ俺の用が終わってない」 「え……?」 幸人先輩の方を振り返る。 先輩に真っすぐ見つめられ、思わず後ずさりしそうになる。 その時、幸人先輩の唇が私の口を塞いだ。 頭がクラクラする。 私はわけがわからず、幸人先輩の唇から離れた。 「……はぁ、はぁ……。あ、あの……」 幸人先輩に答えを求めるように見つめる。 うまく言葉が出てこない。 「……本当に鈍いやつだ」 「○○、好きだ。誰にも取られたくない」 「ゆ、幸人先輩……」 ふいに窓の外には花火が上がった。 幸人先輩の顔に色とりどりの光が反射する。 「○○」 また唇が重なった。 息も出来ないくらいの強引なキス。 今までの私たちの隙間を埋めるように激しく唇を重ねてくる。 完璧に幸人先輩のペース。 でも、それが心地よかった。 私のすべてを幸人先輩に委ねる。 色々な困難があったけど、私は今こうして幸人先輩と一緒にいる。 幸人先輩の瞳に映る花火を見つめながら、私はじっと幸せを噛みしめていた。
2010/05/15 16:32
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