(き、気まずい……!) 真正面から流れてくる重い空気を感じて、私は目を泳がせた……。 想いが重なって、一磨さんと付き合うことになったのは、2時間前のこと。 一磨さんはコンサート終わりで疲れているはずなのに、マネージャーの山田さんに挨拶と許可を貰おう、と事務所まで来てくれた。 (……でも) 山田さんは、一磨さんと向かいあったまま何も言わなくて。 一磨さんも、私の隣で挨拶をしたきり黙りこんでしまっていた。 「単刀直入に言って……」 と、山田さんが重い口を開いた。 「うちの柊木の仕事に圧力がかかった件もあった訳ですから、マネージャーとして、交際を認めることは出来ません」 ハッキリとした山田さんの言葉に、ピリッと緊張感が走る。 「……ご迷惑をおかけしたのは、分かっています。でも……俺は二度と彼女をそんな目には合わせるつもりはありません」 「言葉だけでは、何とでも言うことができます。本多さんもこの業界で、芸能人同士が付き合うことの大変さも分かっていると思ってたんですが……」 山田さんが鋭い視線を、一磨さんに向ける。 一磨さんは、そらさずに真っ向から、その視線を受け止めた。 「数時間前、俺は彼女の手を取るためにWaveの立場を捨てて、事務所も辞める覚悟でした。今後も、もしも彼女の仕事に支障を来たすようなことがあれば、その時も彼女を取ります」 (一磨、さん……) 言いよどみもせず、真摯に言ってくれた一磨さんの言葉に心を掴まれる。 「お願いします!」 一磨さんは、深く頭を下げた。 私も慌てて一緒に頭を下げる。 瞬間、フッと山田さんが放っていた重苦しい空気がゆるんだ。 「……わかりました」 (え?) 一磨さんと同時にパッと顔をあげる。 「じゃあ……」 「ただし、お互いに仕事に支障を来たすことがあった時には、即刻別れて頂きます。公表に関しても当分は認められない……それでも、構いませんね?」 口調は、いつもと変わらないのに、私を見る山田さんの目は優しかった。 (山田さんが、認めてくれた……) 「はい!ありがとうございます!」 「ありがとうございます!」 一磨さんと私は2人同時に、もう一度山田さんに頭を下げた。 山田さんは、深いため息を吐く。 「その調子で、公表前にスキャンダルにならないようにな……」 山田さんは、付き合いを認めてくれながらも、しっかりと釘を差した。
事務所を出て車に乗った瞬間、一磨さんはハンドルに顔を突っ伏した。 「……めちゃくちゃ緊張した。もし認められなかったら、どうしようかって」 困ったように微笑む一磨さんに、思わず私は聞いた。 「……もし、認めてもらえなかったら、どうしてたんですか?」 (別れるなんて、言われるのかな……) 全部がなかったことになるんじゃ、と不安がよぎる。 「どうもしないよ」 「え……」 「認めてもらうまで、諦めるつもりはなかったから……。付き合うまで、あんなに色々あったんだから、認めてもらうのに時間かかっても俺は平気……」 「一磨さん……」 一磨さんは、手を伸ばして私の髪をすくうようにして、さらりと撫でて、 「そのくらい……好きだから」 そう言って、ふわっと柔らかな微笑みを浮かべた。 (うう……一磨さんって、こんな人だったっけ?) 今まで、知らなかった一磨さんの姿にいちいち心臓が高鳴る。 うるさく鼓動を刻む胸を押さえていると、一磨さんが車を発進させた。 「あのさ、仕事も再開したばっかりで忙しいのは分かってるんだけど……次のオフっていつ?」 「次のオフですか?えっと……」 慌てて手帳を取り出す私を、じっと見つめる一磨さんの視線に緊張する。 「スケジュール合わせて、デートしよう?」 「デ、デート?!」 「ちゃんと晴れの日に、朝から出かけたいんだ……2人で」 (一磨さん、遊園地で言ったこと覚えててくれたんだ……) まだ、一磨さんの気持ちが分からなかった時に一緒に出かけた、雨の日の遊園地。 すごく楽しくて、だけど、その日からが苦しい時間の始まりだった。 (でも、だからこそ、今こうして2人でいられるのが奇跡みたいだって思えるよ……) 「と、言っても……さすがに公表するまでは、遊園地とかは無理だと思って」 そう言って、ダッシュボードから何かのチケットを取り出した。 サッと手渡されたチケットを見ると、それはミュージカルでお世話になった演出家の咲野さんが今やっている舞台のものだった。 「詩季ちゃんと来たら、って誘われてたんだ。これなら……一緒にいるところを見られても、言い訳が出来るから。堂々とデート出来る。……どうかな?」 「い、行きたいです!」 即座にうなずくと一磨さんが小さく噴き出した。と、ゆっくりと信号で車が停まる……。 「じゃあ、約束」 小指を差し出した一磨さんに、私はおずおずと小指を絡めた。 (う……ダメだ、何か照れる……) ただの指切りなのに、相手が一磨さんというだけで顔が熱くなる。 瞬間、一磨さんが私を見て、ふいっと顔を反らした。 「え、一磨さん……?」 指切りしていた小指も離れて、一磨さんは窓の向こうに視線をやったまま、こっちを見てくれない。 (……って、あれ?一磨さん、耳が……) 顔を背けたままの一磨さんを見ると、耳が真っ赤になっていて。 (もしかして、一磨さん……) 「あ、あの……」 「こっち見られると困る……詩季ちゃんが、そうやって照れるから、俺も何か恥ずかしくなってきた……」 「一磨さんがそう言うと、更に照れるじゃないですか……」 付き合った初日、初デートの約束をしたものの、私たちはささいなことで照れ合って。 そんな自分たちが、何だか恥ずかしくて…… 私たちは顔を見合わせて、はにかみ笑いを浮かべてしまった。
そして、初デート前夜。 (……明日は、どの服にしよう……) 私は鏡の前で、ひとりファッションショーを繰り広げていた。 (これだと……ちょっと子供っぽいかも?) 気持ちが通じ合ってからの初めてのデート。 ちゃんとした格好で、一磨さんに会いたかった。 (……って、これだと頑張りすぎ、ってかんじがするし……) 私は、夜遅くまで格闘し続けていた……。
一磨さんとの初デート当日。 夜中まで準備していた私は、案の定、寝坊してしまった。 気付かれないように変装して、私たちは駅で待ち合わせをしていた。 (あ、一磨さん、いた……!) 駆け寄って行くと、私に気がついた一磨さんは、一瞬目を見開いて、固まった。 「すみません、待たせてしまって……あの、そんなにお待たせしちゃいましたか?」 何故か固まっている、一磨さんに不安になる。 「いや……」 言葉をにごした後、私の顔をまっすぐに見て…… 「……いつもより、もっとかわいい」 ボソリと、そう言った。 「えっ……」 私が思わず赤面すると、つられたように一磨さんも顔を赤くする。 「くそ、こんなこと言ったの初めてだから……」 (一磨さん……) 「……行こっか」 照れながら、一磨さんはそう言って歩き始めた。 人目があるから、手をつないだりはできないけれど極力、近くに立って歩く。 (こんなふうに、一緒にいられるだけでも幸せだよね……) 私は、こうして一緒に過ごせる幸せを噛みしめた。
通勤ラッシュの終わりがけの電車は、まだまだ混みあっている。 私たちは人目を避けて、しばらくは開かないドアの側に立っていた。 すると駅についた途端に、一斉に人が乗ってきて、私は押しつぶされそうになる。 (うわ、すごい人……) 瞬間、一磨さんがドアに手をついて、私の体を守るようにして立った。 それでも、どんどん乗って来る乗客に、一磨さんの体が押され始める。 私をつぶさないようにこらえる、一磨さんとの距離がすごく近くになった。 (ち、近い……) 抱きしめられてるみたいな距離に、心音が高鳴る。 「平気?苦しくない?」 「一磨さんこそ……」 心配になって、おずおずと目の前の顔を見上げると、一磨さんは顔を赤くした。 (え?) そのまま一磨さんは、私の頭にコツンと、おでこをのせて、 「……今の顔、かわいすぎ」 小さな声で、うなるように言った。 カッと耳まで熱くなって、私はうつむいてしまう。私の反応に、一磨さんは嬉しそうにクスクスと笑った。 「いつも車だったけど、電車も悪くない、かな?」 同意を求めるように尋ねられて、私はますます顔を赤くさせるのだった。
開演時間ギリギリ、客電が落ちた劇場に私たちは入った。 (さすが、咲野さんの舞台……今日のもすごいな) 夢中になって舞台を観ていると、突然誰かの手が私の手に重なった。 (え……?) ビックリして視線を落とすと、一磨さんが私の手に自分の手を重ねていた。 (一磨さん?!) 声に出さずに訴えると、一磨さんは私の耳元に唇を寄せた。 「外じゃ気付かれちゃうから、今だけ……」 暖かい一磨さんの手に、私は、そこから先の舞台を集中して観られなくなってしまった。
舞台が終わってすぐ、客電が落ちている間に私たちは劇場を出て、咲野さんに挨拶をしに楽屋へと向かった。 「お久しぶりです」 「お久しぶりです」 楽屋に入った途端、私たちは、キレイにハモって咲野さんに挨拶をしていた。 咲野さんは、私と一磨さんを見てニッと笑った。 「お前ら、怪しいとは思ってたが……やっぱりデキてたな?」 悪気なくからかわれて、私は顔を真っ赤にした。 (うわ、いきなりバレた……) 一磨さんは平然と咲野さんに向かって笑ってみせて、 「共演していたときよりも、息ぴったりだと思いますよ」 「はいはい、ごちそうさま。柊木は、主演の仕事が控えてるんだからな……本多には、大事に扱ってもらわないと困るぞ?」 ニヤニヤと咲野さんが人の悪い笑みを浮かべると、一磨さんは固まって。 (え、一磨さん……?) 「い、言われなくても!あまり若手をからかわないで下さいよ……」 何故か、さっきまでの平静をなくして一磨さんは思いきり動揺していた……。
「……このあと食事、どうしようか?」 劇場から出て、私たちは少し距離を開けながらも話をしていた。 「私、何でも大丈夫です。でも個室のあるお店が安心ですよね……」 「……うん。でも、公演が終わったばっかりだし、この辺の店どこも人が多そうだな」 一磨さんの言葉に、辺りを見回す。 「確かに……ちょっと人目につきそうですね……」 一磨さんは、少し考え込んだ顔をすると、 「じゃあ、スーパーで買い物するのは?」 と、明るい笑顔で提案した。 「スーパーですか……?」 「うん。どうせだから、うちで一緒に夕飯を作らない?」 「え……?」 驚いて聞き返した私に、一磨さんは切なげな瞳を私に向けた。 「あ……もしかして、どこか行きたいところあった?」 「そ、そんなことないです!」 (どうしよう……もしかして、嫌そうに見えてるの?) ただ一磨さんと、こうして一緒にいられるだけで嬉しくて。 だけど、恥ずかしくて何だか普通にも話せなくなってくるだけだった。 (絶対に誤解されたくないって、思ってるのに……) 「じゃあ、夕飯はうちでごちそうさせてくれる?」 一磨さんに確認されて、私はコクコクと大きくうなずく。 「よかった。じゃあ……行こう?」 嬉しそうに微笑んでくれる一磨さんを見て、私は改めて幸せをかみ締めるのだった。
一磨さんの家で夕食を一緒に作ることにして。 私たちはスーパーにやってきた。 「え、一磨さんリゾットを作るんですか?」 「うん、チーズリゾットが得意なんだ」 「すごい!そんな本格的な料理……」 (リゾットって……簡単そうに見えて実はすっごく難しいって聞いたことあるような……やっぱり一磨さんってすごいな……) 一瞬、考え込むと一磨さんが隣で笑いだした。 「な、何笑ってるんですか?!」 「いや、相変わらずの百面相だから……」 「う……だ、だって……」 「ただ……いちいち、全部がかわいいから、ちょっと心配になるかな……なんてね」 「え?」 「それじゃあ、ささっと買い物しちゃおう。……一緒に持つ?」 買い物カゴを手に、悪戯っぽく微笑む一磨さん。 「いいですよ、恥ずかしいのは一磨さんなんだから……」 買い物カゴの取っ手に手を伸ばした瞬間…… 「あー、カズマだあ!」 バッと180度方向転換をして、他人のフリをする。 (うっ、我ながらわざとらしい……) ちらっと後ろを見ると、小さな男の子がキラキラした目で一磨さんのほうへ駆け寄っていくのが見えた。 (やっぱり、一緒に買い物はムリあったか……) 一瞬だけ、一磨さんが私にアイコンタクトして。 私は、そのまま一磨さんの家の近くで合流を待つことになってしまった……。
テーブルには、出来たての料理が何品も並んでいる。 料理を見つめながら、私は数十分前のスーパーでのことを思い出した。 (やっぱり、外でデートするのって難しいんだな……) 大騒ぎにならなくて本当に良かった、と胸を撫で下ろしていると、一磨さんが隣に座った。 「それじゃあ、そろそろ食べようか?」 「……はい」 一磨さんの作ったチーズリゾットが、あまりにも美味しそうで心が躍る。 (本当に一磨さんって、何でも出来ちゃうんだな……) 実際に、食べてもすごくおいしいリゾットに、思わずため息がこぼれた。 「どう、かな?」 心配そうに私の顔を覗き込む一磨さん。 「え?!ち、違います……。その、おいしすぎて……一磨さんって、本当にすごいんだなって思っちゃって……料理上手だし」 一磨さんは、私の言葉に笑みを浮かべると、私が作った簡単なおかずを一口食べた。 「得意は得意なんだけど、実は……俺が作れるのはこのリゾットだけなんだ」 そう言って、いたずらっぽく笑って見せた。 「え?」 「前に番組で作った時に覚えただけ。だから……料理上手でもなんでもないよ、俺。本当に料理上手なのは詩季ちゃんだよ。こんな短時間で何品も作れるんだから……」 「そ、そんなことないですよ?」 「いや、そんなことある。……きっと、いい奥さんになるね」 (お、奥さん?!) 一磨さんに他意はないと分かっているのに、反応してしまう。 すると、私が顔を赤くしたのに気付いた一磨さんが、ハッとする。 「あ、えっと……その、変な意味じゃないんだけど」 慌てたように言った一磨さんの頬が赤く染まる。 「でも、詩季ちゃんの料理、毎日食べられるなら……すごい幸せだと思う」 柔らかい微笑みを浮かべて言った一磨さんに、私の頬はまた真っ赤になった。
夕食の後、2人でキッチンに立って後片付けをした。 今まで出来なかった色々な話をしながら、私たちは食器を洗った。 「さっきは、ごめんね……スーパーで気付かれるなんて思わなかった……」 「そんな、仕方ないですよ。不可抗力です」 「やっぱり、思った以上に外だと人目が気になるよな……舞台とか理由がなかったら堂々と、2人で一緒に行動するのも難しいし」 申し訳なさそうな顔で、食器をフキンで拭いていく一磨さん。 「でも……私、こうやって一緒にご飯作って、一緒に後片付けして……それだけでも、すごく楽しいから十分です」 (だって、一磨さんといれるだけで嬉しいし……) 「詩季ちゃん……」 「ふふ、ホントですよ?」照れ笑いしながら、一磨さんに洗い終わったお皿を渡す。 瞬間、一磨さんの顔が近づいてきて……チュッとキスされた。 「か、一磨さん?!」 ふい打ちのキスに、お皿を落としそうになる。 「あんまり、かわいいから」 そう言って照れたように微笑んだあと、一磨さんはフッと考え込むような表情になった。 「俺……頑張ってみようかな」 「え?」 「……やっぱり、早く公表したいな、って思って」 (一磨さん……) 「俺だって、大義名分付の舞台観賞も家でのデートも……一緒なら、何でも楽しいよ。でも……やっぱり、晴れた日の遊園地も、詩季ちゃんとならすごく楽しいだろうから」 一磨さんの言葉が嬉しすぎて、言葉が出てこない。 「山田さんに言われたばっかりなのに、気が早かったかな……」 複雑な表情を見せた一磨さんに、私は慌ててブンブンと首を横に振った。 「ち、違います……嬉しくて……っ!」 素直な気持ちで言うと、一磨さんは顔を赤くした。 「そ、そっか……じゃあ、早いうちに事務所の許可もらって、あ、でも、やっぱり時間かかるだろうし、その前に家の鍵を渡したほうが……でも、だったら……」 急に、部屋をウロウロし始める一磨さんの姿に嬉しくなる。 少し焦っているような表情も、色々と考えてくれているのも、どれも自分だけしか知らない一磨さんなんだと思えて。 (やっぱり、恥ずかしくてもちゃんと気持ちを伝えなくちゃだよね……) 今は少なくとも、伝えたいのに伝えられない状態にいる訳じゃないから。 そう思って一磨さんを見ると、ソファーに腰掛け色々と計画してくれていた。 「一磨さん、なんか、いつもと全然違いますね?」 いつもの、落ち着いた一磨さんじゃなくて思わず、笑みが浮かんだ。 「そりゃ……おかしくもなるよ。好きな子の隣にいて平静でなんか、いられないから」 照れもせずに、言ってのける一磨さん。 「そ、そうですか……」 (……私のほうが平静でいられないよ……) 照れ隠しにコップを洗い続けていると、一磨さんがやってきてコップを取りあげる。 「もう、こっちはいいから……おいで?」 耳元で低い声で囁かれて、胸がドキドキと高鳴る。 そのまま一磨さんに、手をひかれてリビングのソファーにやってきた。
一磨さんの隣に座ろうとした瞬間、腰を引き寄せられた。 「わ……」バランスを崩すようにして、一磨さんの足の間に膝をついた。 体勢を立て直そうとして、思わず伸ばした手は一磨さんの肩を掴んでしまう。 「ねえ、詩季ちゃんは……?」 「え……?」 「詩季ちゃんは、平静でいられるの?」 (う……そんな言い方、ずるいよ) 「私も……同じです。一磨さんが隣にいるだけで、心臓壊れるんじゃないかと思うくらい、ドキドキしっぱなしで……」 近い距離で見上げられて、耐えきれなくて、うつむく。 「素直で、よろしい」 頭をポンポンと、あやすように撫でて、腰に回していた手を解放してくれた。 私は少しだけホッとして、今度こそちゃんと隣に座る。 すると、一磨さんはふいに真剣な顔をして、私の手を握った。 「……詩季ちゃんのこと、ずっと大切にするから」 (一磨さん……) 真剣な声に応えようと顔を上げると、しっかりと視線が絡んだ。 どちらからともなく、自然と顔を近づけて唇が重なりあう。 そのまま一磨さんは、私を引き寄せて後ろから抱きしめるようにして、肩口に顔を埋めた。 「どうしよう……もう、詩季ちゃんのこと離したくないな……」 体中が心臓になったみたいに、胸の音が跳ねあがる。 瞬間的に、頭に浮かんだのは一磨さんと会ってからの毎日……。 お互いに気持ちがあっても、伝えられなくて、受け入れてもらえなくて。 (それでも、やっと……ここまで、これたんだ) 感情が込み上げて、胸がいっぱいになる。 「じゃあ、離さないで下さい……」 想いがあふれて、思わず言葉がこぼれおちた。 「……いいの?」 「え?」 「そんなこと言うと、本当に離してあげないよ?」 (そ、それって……) 一磨さんの熱っぽい瞳に心音が高鳴った。 「今夜は、このまま一緒にいたい……」 一磨さんは、甘く囁いて、私を抱きしめる腕に力を込める。 「今、離れたら詩季ちゃんがいなくなっちゃいそうで……離れたくないんだ」 (一磨、さん……) これ以上無いくらいに顔を赤くして、私は小さく頷く。 その途端、私は再び唇を奪われた。 (大好き……) 息をつく間もなく、何度も重ねられる熱に浮かされながら、私は一磨さんに身をゆだねた……
(……何だろう、すっごくあったかい……) 暖かいものに力強く包まれている感覚がして、それから私はゆっくりと目を覚ました。 目覚めたばかりで状況が把握出来ない……。 (……あれ?) ぼんやりと横に顔を向けると、すぐ隣に一磨さんの寝顔があった。 (わ……一磨さんって、まつげ長いんだ……) 思わず、観察しかけてハッと我に返った。 「うわぁ……っ!」 (そ、そうだ……昨日、私……) ボンッと、顔を一瞬で真っ赤にして私は、慌てた。 (一磨さんの家に、泊まっちゃった……) チラリと、視線を向けると一磨さんがすうすうと眠っているのが見える。 (やばい、顔熱い……顔、洗ってこよう) 私は、気持ちを落ちつかせようと、ベッドから抜け出そうとした。 その瞬間、クイッと手首を掴まれて、後ろに倒れ込んだ。 「おはよ」 ビックリして、振り返ると一磨さんが私をまぶしそうな表情で見つめている。 「お、おはようございます……」 私が挨拶を返すと、幸せそうに微笑んだ。 「よかった、ちゃんといた……」 「そんなすぐに、いなくならないですよ?」 困ったような顔で、頷く一磨さん。 「うん、わかってるんだけど……何か、今は幸せすぎて怖いんだ」 一磨さんの切なそうな眼差しが、私をじっと捉えて離さない。 「ねえ、ふたりだけのルール、作ろうか」 (2人だけの、ルール……) 「Waveのルールみたいにですか?」 思わず、笑ってしまうと、 「そう……」 一磨さんが、私の体を後ろから抱きしめた。 「黙って、俺のそばから……いなくならないで?」 優しい微笑みを浮かべているのに、私を抱きしめる腕は何だか強引で。 「……了解です、リーダー?」 「ルール追加。……リーダー、って呼ばないこと」 ほんの少しだけ、すねたみたいになる一磨さん。 「ふふ、わかりました。一磨さ……」 言いかけた言葉をキスに封じられて、私はゆっくりと目を閉じる……。 (一磨さんが、いまこんなに近くにいてくれるだけで嬉しい……) 抱きしめられて伝わる体温と、降ってくる温もりは、まだまだ恥ずかしいけれど本当に幸せな時間で……。 それは映画ならハッピーエンドのラストシーンだけど、私たちのこれからは、先のまったく読めないファーストシーンだ。 だから、ふたりで一歩、一歩、ゆっくりと続きを創っていくんだと、私は溶かされそうな口づけの中、そう強く思った……。
2011/04/11 16:06
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