パレードが始まった。 私はヒロミちゃんの横に座り、馬車に揺られていた。 生徒たちの間を、ゆっくりと進んでいく。 ピカピカと光る電飾が校舎を照らす。 眩い明かりが幻想的で、私はじーっと眺めていた。 (あれ……?) 電飾の中のひとつから火花が散っている。 (どうしたんだろう……) 私は不思議に思い、慌ててヒロミちゃんの衣装の袖を引っ張る。
「どうしたの?」 「あそこ、火花が散っているように見えるんだけど……」 「え……」 ヒロミちゃんは電飾の方に目を向けた。 すると次の瞬間、電飾から発火し、馬車に施された電飾に火がついた。 「いけない!○○ちゃん、逃げるわよ!」 「はい……っ!」
私が立ち上がろうとした瞬間、馬車がぐらっと揺れた。 「ひゃっ!」 馬車を引いていた馬が火に驚き、急に暴れ始めた。 「まずいことになったわね……」 ヒロミちゃんは暴れた馬が観客の方へと行かないように、必死で手綱をつかんでいた。 「今のうちに、○○ちゃんは逃げなさい!」 「は、はいっ」 そう言われ、再び立ち上がろうとする。 でも、引っ張られるような感じがして、うまく立てない。 よく見てみると、スカートが馬車のドアに挟まっていた。 (ど、どうしよう……!) 引っ張ってみるけど、まるで手ごたえがない。 スカートが絡まっているせいか、ドアも開けられなかった。
「○○ちゃん、何してるの!?」 ヒロミちゃんの声に焦りながら、何度もスカートを力任せに引っ張った。 「あれっ……!」 急にヒロミちゃんが驚きの声を上げる。 「シンちゃん……!?」 「えっ!?」
ヒロミちゃんの視線の先を見た。 校舎の2階の窓から身を乗り出して、今にも飛び降りそうな高野先生の姿があった。 馬車は勢いよく、高野先生の下へと差し掛かる。 と、同時に高野先生が馬車へと飛び移った。 ドンッと大きな音を立て、高野先生が馬車の中に着地した。 「△△、無事か!?」 「高野先生!!」 私がずっと待ちわびていた人がすぐ側にいる。
「もう……遅かったじゃない」 「こっちの方がインパクトあるだろ?」 高野先生はそう言うと、私の挟まっていたドレスを無理やり引きちぎった。 「先生!」 私は恐怖と安心感から、思わず高野先生に抱きついてしまう。 「もう大丈夫だ」 高野先生が優しく抱きとめてくれる。 (高野先生だ……やっぱり、高野先生だ……) 抱きしめられて、ようやく実感がわいた。 それと同時に私の鼓動は大きく鳴りだした。
「ちょっと待って!そうでもなさそうよ!」 ヒロミちゃんは前方を指差す。 馬は猛スピードで学校の塀へと突進していった。 知らない間に会場を離れ、校舎隅のところまで来てしまっていたようだ。 「飛び降りるぞ!」 「そうね……!」 高野先生が私を抱きしめる手に力を入れる。 「怖いか?」 私はコクリとうなずくと、高野先生は優しく微笑んだ。
「大丈夫。お前は俺が守る」 高野先生がそう言った瞬間、私の体は宙に浮いた。 勢いよく馬車から飛び降りた私たちは、ごろごろと地面の上を転がっていく。 なんとか無事脱出することができた。 高野先生が私をかばってくれたため、かすり傷ひとつない。 私たちは折り重なったまま、しばらくの間、地面の上に寝転がっていた。
「……○○、怪我はないか?」 「はい……でも高野先生、どうして……?」 「……理事長に辞表を出してきた帰りだ」 「やっぱり……学校を辞めちゃうんですね……」 胸の中に寂しさが広がっていく。 私はあえぐような呼吸をしながら、ギュッと高野先生の服を握りしめた。 「……学園祭のあと、保健室で待ってる」 「えっ……?」 高野先生は起き上がると、私を抱きしめる手をふわりと離した。 そして校舎の方へと戻っていった。 「高野先生……」
「ふふっ、相変わらずシンちゃんってば……」 「っと、今はそれどころじゃないわね」 ようやくおとなしくなった馬の手綱に手をかけ、ヒロミちゃんが言った。 「さて、その前に最後の大仕事よ!」 ヒロミちゃんは馬にまたがった。 「ほら、○○ちゃん、こっち!」 ヒロミちゃんが馬の上から手を差し伸べてくる。 「えっ?」 私がその手を取ると、ヒロミちゃんは一気に私を引き上げ、馬に乗せた。 そして状況がまだ理解できない私を尻目に、馬を走らせパレード会場の中心へと戻っていった。
パレード会場の手前に心配そうな表情のGフェスメンバーが見えた。 「○○、ヒロミ!」 メンバーたちが駆け寄ってきた。 「よかった……無事で……マジよかったよ」 キイタくんは今にも泣き出しそうな顔で言った。 「すみません、パレード、台無しにしちゃって……」 「いや、○○のせいじゃねぇ。電飾をよく確認せず使った俺のせいだ」
「待ちなさい。まだパレードは終わってないわ!」 「ヒロミちゃん?」 「このまま続けるのよ」 「でも、どうやって……?」 「このまま私が○○ちゃんを馬に乗せて会場へ戻ったら、ピンチを救った王子様みたいでステキじゃない?」 「そうきたか!」 ヒロミちゃんは観客の方へと馬を走らせて行く。 「じゃあ、俺たちはフィナーレの花火の準備を始めようぜ!」 他のGフェスメンバーも持ち場へと戻っていった。
全校生徒の人たちは私たちを大声援で迎えてくれた。 そして会場に舞い上がる花火。 ハプニングは起きたけど、パレードは大盛況で終えることができた。
学園祭も終わり、後片付けへと移った。 パレード中の事故について、教頭先生からは大目玉を食らってしまった。 でも、理事長が『来年も期待している』と言ってくれたおかげで、なんとか許してもらえた。 私が後片付けを手伝っていると、ヒロミちゃんが耳元で言った。 「○○ちゃん、こんなことしてる場合じゃないでしょ」 「えっ?」 私は慌てて周りを見渡した。 Gフェスメンバーたちも笑顔を浮かべている。 「ほら」 「……はい!」 私はみんなに頭を下げ駆け出した。
保健室に入ると、窓際に高野先生が立っていた。 高野先生がゆっくりこちらに振り向く。 「△△……そこに座ってくれるか」 先生が指差したのはベッドだった。 私は言われた通り、ベッドの縁に腰掛けた。 シンと静まり返る室内。 高野先生はどこか困ったように私を見ていた。 「……高野先生?」 私が呼ぶと、先生は笑みを作った。
「忙しいのに呼び出して悪かったな」 「いえ……」 窓際を離れ、高野先生が少しずつ歩み寄ってくる。 コツコツと、足音が保健室に響く。 「……辞表が受理されなかったんだ」 「えっ……?」 「……ヒロミのヤツが理事長を説得したらしい。おかげでまた保健の教師だ」
一気に身体の力が抜けた。 「よかった……」 「よくねぇよ」 高野先生はムスッとして答えた。 「教師じゃなきゃ、すぐにでも……」 私の心臓がドキリと跳ねる。
「△△……いや、○○……」 カーテンを静かに閉めながら、高野先生はいつもと違った調子で話し始める。 「お前に言いたいことがある」 私はドキドキしながら、うなずいた。 すると、高野先生の手が私の手に重ねられる。 ギシッとベッドが軋んだ。 すぐ近くに高野先生の顔。 真剣な表情でじっと私を見つめる。
「……好きだ」 「○○、俺はお前が好きだ」 心の中が満たされていくのがわかった。 ずっと待ち望んでいた言葉を、高野先生が正面から言ってくれた。 「私も高野先生のこと、好き……」 言い終わらないうちに、私は高野先生の胸に抱きしめられていた。 その力は強く、息ができないほど。 でも、嬉しかった。
私も高野先生の背中に腕を回す。 答えるように力いっぱい、高野先生を抱きしめた。 耳元ではトクントクンと心臓の音が聞こえていた。 (また、高野先生と触れ合えるなんて……) 諦めようとしても、諦めきれなかった気もち。 離れて辛くて、それでもどうしようもなくて……。 そんな言葉にならない感情が、私の頬を伝う。
「……○○」 私の心臓の音に混じり、高野先生が名前を呼ぶ。 身体が少しだけ離れ、顔が近づいてくる。 私は身体を強張らせた。 でも、高野先生の顔は少し逸れ、私の頬に優しく唇が触れた。 「……ここまでだ」 「えっ……?」 「今はまだ俺は教師で、お前は生徒だから」 「はい……」
私は高野先生に抱かれながら、これまでのことを思い出していた。 最初はちょっと怖かったけど……本当は優しい先生で……。 私がピンチのときは助けに来てくれて……。 (そして、私が卒業したら、そのときは……) そう心の中で呟き、高野先生の方を見上げる。 高野先生の瞳には、しっかりと私の姿が映っていた。
2010/09/11 16:23
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