その曲は、この季節に合う人気のラブソング……『Eternal Sunshine』。 ツアーで披露されたこともあり、まだ耳に残っている。 (一磨さん……すごかったなあ……) 私は余韻に浸るようにそう思っていたものの、そっと音楽プレイヤーを取り出した。 そして、その曲をもう一度、聞きたいとばかりに、曲を再生させるのだった。
ツアーが終了してから数ヶ月経った、夏の日射しが照りつけるある日。 一磨さんとのオフが重なった私は、彼の運転で海へと向かっていた。 (一磨さんが運転することって、あまりないから……ちょっと新鮮) そんなことを思いながら、そっと一磨さんの横顔に見とれる。 すると、私の視線を感じた一磨さんと目が合った。 「……どうかした?」 少し心配そうな一磨さんの口調に、私はあわてて首を横に振る。 「ううん、なんでもない」 「……もしかしてクーラー強すぎたかな?」 そう言いながら一磨さんはクーラーのスイッチに手を伸ばす。 「大丈夫、寒くないよ」 その言葉に一磨さんは少しホッとしたように表情をゆるませる。 「そう?ならいいんだけど……遠慮なく言ってね。無理して喉を痛めたら大変だから」 私は一磨さんに笑顔を返す。 「うん。ありがとう……」
(一磨さんってあいかわらず優しいな。……私より一磨さんの方が忙しかったと思うのに……) 一磨さんは連日の忙しさを感じさせないくらい、穏やかな表情をしている。 (一磨さんと海に行けるのはうれしいけど……ホントは疲れてるのに無理につき合ってくれてたりするのかな?) 心配になった私は、そっと口を開く。 「……一磨さんの方こそ大丈夫?」 「え?」 運転しながら彼はチラリと私を見た。 「あ、いえ……一磨さんの方こそ久しぶりのオフなのに……大丈夫かなと思って」 そう言うと、一磨さんは少し不安げな声を出す。 「もしかして……海、行きたくなかった?」 (え?……あ……私ってば、変な言い方しちゃったかな?) 「ううん、そんなことない!」 私はあわてて否定した。 「ただ、疲れているならやっぱりゆっくりしてほしいなって思って……」 「ははっ、ありがとう。でも、俺にとっては、これがゆっくりしているってことだから」 「……え?」 「○○ちゃんとこうしてふたりで過ごせること。それが俺にとって、のんびりするってこと」 一磨さんはハンドルを握るもう片方の手で、私の頭をなでる。 「一磨さん……」
そのとき、流れていたラジオが耳に入る。 「……さて、続いてのリクエストは……Waveのリーダー、本多一磨さん作詞による『Eternal Sunshine』をお送りしようと思います」 (あ……) 「この曲を聞くと、思いっきりデートをして思い出を作りたいって気分になります……などなど、たくさんのお便りが届いています……それではみなさんもぜひ、夏デートをしている気分でお聞きください」 そして、一磨さんの曲が流れ始めた。 (……一磨さんの曲、すごく評判になってるな……もちろんうれしいんだけど……でも、ちょっとだけ寂しい気もする) 「ナイスタイミングって感じだね」 私が笑顔を向けると一磨さんの口元に笑みが浮かぶ。 「だね。うれしいけど……でも、ちょっと照れくさい気もするなあ……」 一磨さんは笑いながらアクセルを踏んだ。 (君は僕の手を取り新しい季節をくれたね 2人で飛び出そう あの海へと……) 私はスピーカーから流れるメロディに合わせて、心の中で口ずさんだ。
太陽の光でキラキラする、海の水面。 「キレイ……」 車を降りた私はそうつぶやいて、目の前に広がる海を眺めた。 「ホントだね」 一磨さんはそう言って私の方へ回り込んでくる。 そして……。 「……はい、忘れ物」 急に何かをかぶせられ、一瞬、視界を失った私は少しあわてる。 「えっあの……」 そう言ってかぶせられたものを見ると、それは麦わら帽子だった。 「帽子……?」 戸惑う私に、一磨さんは笑顔を向ける。 「日焼けしたら大変だから」 一磨さんは少し前かがみになって私の帽子を整える。 私の瞳をのぞき込む一磨さんに、鼓動が少しずつ加速していった。 「……ありがとう」 「日焼けさせたら山田さんに怒られちゃうだろうからね」 一磨さんはそう言ったあと、やわらかく微笑む。 「……もちろん俺も嫌だしね。○○ちゃんのキレイな肌が……傷むのは」
甘い声にドキッとしながら一磨さんの顔を見返していると、一磨さんの瞳が熱っぽく揺れた。 「そんな風に見つめられたら……」 ゆっくりと近づいてくる一磨さんの顔。 「……え?」 唇と唇が触れ合いそうなほど近づき、私はまぶたを閉じようとした。 そのとき……。 サアッと海風が私たちの間を通り過ぎていく。 「あ……」 一磨さんはハッとしたように動きを止め、咳払いをする。 そして、少し頬を染めて、私から離れた。 「……ごめん。……行こうか」 「う、うん」 一磨さんはそう言って私の手を握ると、その手を引っ張るようにしてゆっくりと歩き出した。 (びっくりした……でも、ちょっと残念に思うのは……私のわがままなのかな……?) 私は手から伝わってくる熱を感じながら、一磨さんと歩いていく。
何組ものカップルや、家族連れの人たちとすれ違う中、しばらく歩いていると、海の色や空が少しずつ茜色に染まっていく。 遠目で見るビーチも、カップルや家族連れの人たちで賑わっていた。 しかし一磨さんは浜辺に降りるわけではなく、そのまま道沿いの道を歩いていく。 (……降りないのかな?) そう思いながら一磨さんの顔をのぞき込むと、彼はニコッと笑顔を返した。 「もっといい場所があるんだ」 「いい場所?」 「うん。○○ちゃんも気に入ってくれるといいんだけど……」 彼はずっと私の歩幅に合わせて歩いてくれている。 言葉はなくても、感じる幸せ。 つながれた手から伝わってくる彼の優しさを感じながら、私はそのまま黙ってついて歩いた。
「うわ……静かだな……」 さっきまで歩いていた場所と違い、私たちはほとんど人がいない浜辺にいた。 夕焼け色に溶ける海は切ないまでにキレイで、私の胸を熱くさせていく。 私の耳に届くのは、何度も繰り返される波の音。 「ホントに素敵な場所だね」 私がそう言うと、一磨さんはうれしそうに微笑んだ。 「……ああ。○○ちゃんに見せたいなって思って。それに、ここならあまり周りのことを気にしないで、眺めることができると思ったから」 「うん、ありがとう……すごくうれしい」 「良かった。どうしても、○○ちゃんと一緒に見たかったから……それと……」 「……それと?」 「○○ちゃんにこの景色を見せたら、どんな表情をするんだろうって、ずっと楽しみにしてたんだ」 「え?もう、一磨さんったら……」 そう言って、一磨さんの顔を見返すと、彼はまぶしそうに目元を細めた。 「ははっ……」 静かな波の音は私たちを優しく包んでいく。
しばらくの間、見つめ合うと、彼は少し照れたように目を伏せた。 「なんだか、こうしていると○○ちゃんへの想いが、どんどん強くなっていく気がするよ。……止められない想いって、こういうことを言うんだね」 「一磨さん……」 私は胸が熱くなっていくのを感じながら、一磨さんの顔を見つめ返す。 すると、一磨さんは私のことを抱きしめた。 「○○……」 私の名前を呼ぶ一磨さんの声。 彼の心臓の音が身体を通して伝わってきた。 彼は抱きしめていた腕にギュッと力を込めてささやく。 「……どうする?」 「え……?」 「ここにこのままずっと……」 抱きしめる腕に力が込められ、私の胸は苦しくなる。 すると、一磨さんは小さく息を吐いて、腕をゆるめた。 「……いや、ごめん。なんでもない……そろそろ行こうか」 一磨さんの頬がかすかに染まっているのは、照れているのか、それとも夕焼け色に染まっているだけなのか。 私はわからないまま彼の顔を見つめ返した。
「……うん」 そう言って歩き出した私は、砂に足を取られて少しバランスを崩す。 「……あ」 すると、それを察した一磨さんが、あわてて私のことを抱き寄せた。 「大丈夫?」 「あ、うん。ごめんね」 そう言って彼から離れて歩き出そうとしたものの、踏み込んだ足が少しだけ痛んだ。 「……どした?……足、痛めたのか?」 「あ、ううん、大丈夫」 そう返事をすると、一磨さんは私の顔をのぞき込む。 「おぶっていこうか?」 「え?だ、大丈夫だよ……たいしたことないから」 私があわててそう言うと、一磨さんはフッと微笑んで腰を抱き寄せた。 「じゃあ……俺に体重かけて」 「え?」 「少しは楽になるから」 まっすぐな一磨さんの瞳に吸い込まれるように、私は一磨さんに身体を寄せる。 「でも……」 「大丈夫。力抜いて……そう、そのまま……俺に任せて」 うながされるように彼に身体を預けると、先ほどまで感じていた足の痛みが、嘘のようになくなっていった。
「……どう?」 「うん、ありがとう」 そう言って笑顔を返すと、一磨さんの吐息が私の髪にかかる。 そして、彼の顔がゆっくりと私に近づいてきて……。 (……え?) 「好きだよ」 一磨さんの告白は波の音に消されることなく、私の耳にまっすぐ響く。 「私も……」 そのまま静かに引き寄せられる……唇と唇。 重なり合ったやわらかい唇は、少しずつ熱を帯び、その熱は全身に広がっていく。 (一磨さん……) かすかに漏れる吐息。力強い腕。 私はその唇を、いつまでもいつまでも受け止めていた。 終わることのない、波の音を聞きながら……。
2010/10/15 16:20
HOME
|